「眠いならベッドで眠ってください」
「んー……」
答えるレンの声はすでに夢うつつだ。
暖かくなってきたとはいえ、朝晩はまだ冷える。上掛けをかけてはいるものの、彼の長身を覆うには短く、雨も降っている今日、寒さをしのぐには足りない。
レンの体が温かいことは充分知っているが、そのままソファで寝入ってしまえば風邪のひとつも引きかねない。そうすると、メンバーに非難されるのは何故かトキヤなのだ。
レンとの関係は一言も口にしたことはないのだが、何故か周知となっている。問題があるのではないかと思うが、やぶへびになっても困るから何も言えないのが現状だ。
「レン」
「ん……、わかって、るよ……」
言葉の割に声はずいぶん眠気に溶けている。蛇口の水を止め、手を拭くとキッチンからダイニングの、レンが寝そべっているソファに近寄る。
広いとは言いがたいソファに、長い脚以外は器用に収めてクッションを枕にして目を閉じている。
トキヤの気配だけは伝わったのか、ずいぶんと眠りに溶けた――ある意味でとても悩ましい表情で見上げてくる。
「なに……?」
「そこで寝ても構いませんが、」
膝を折るとレンの顔を覗き込んだ。指の腹で滑らかな頬を撫でる。
「私が何をしても良いということだと受け取りますよ?」
腕力に自信があれば寝入ったレンを抱き上げて寝室まで運ぶこともできるだろうが、あいにくとそこまでの腕力がないことは自覚している。できてもせいぜい抱き上げるまでで、運ぶには至らないに違いない。試したことはないが、試そうとも思わない。試してレンを落としでもしたら自分で自分が許せないし、レンに怪我をさせてしまうようなことをするのは極力避けたい。きれいな体を損なうことはしたくないのだ。
そんなことを言えば、レンは笑うのだろうけれど。
けれどレンはトキヤの気持ちなどお構いなしだ。
「んー……いいよ……」
「…………」
おそらく、自分が何を言っているのか――いや、トキヤが何を言ったのかも理解しているとは思えない。それならそれで、利用させてもらうとしよう。
だって、そうだ。
かわいい恋人と数週間ぶりにゆっくりできたと思ったら、食事の後でこの状態。何も目的は体だけというわけではない。他愛のないおしゃべりや、ちょっとした触れあい。そんなことを期待して、あわよくばその先は淡い期待だったが、恋人がいる身としては当然だという思いがあったのに、当の恋人がこの有様では少々やさぐれたくもなる。
勿論疲れているのなら労りたい気持ちも充分持ち合わせていたが、それはそれ、これはこれだ。
無防備な顔を晒しているのが悪いと責任転嫁をして、撫でた頬にくちびるを触れさせる。
「……んー……」
もぞ、と動くが起きる気配はない。くちびるにくちびるを触れさせて、顎に手をかけると口を開かせて舌を滑り込ませる。
普段ならすぐに絡んでくる舌は、今は大人しい。珍しくもあり、新鮮でもある。
それはそうだ、いつもならすぐに応えてくれる舌や手管は、今までの経験上慣れている分、レンのほうが数段うわてで。こんな風に一方的なキスをすることができたことなど、一度だってありはしない。
されるがままのレンなんて考えてもみなかったけれど、これはこれで良いものだ。思いながらシャツのボタンを外す。元々半分開いているようなものだから、いくつも外す必要はない。手探りで乱すと手のひらで触れる。相変わらず触りの良い肌は、もしかしたら記憶にあるより滑らかかもしれない。
角度を変えて口内を好きに蹂躙して、指の腹を胸の先、皮膚の薄いところへと触れさせる。
「……っふ……」
くちびるの隙間から漏れた吐息、混ざったかすかな色を聞き逃すトキヤではない。
「……レン」
ほんのわずかの距離で、閉ざした目蓋を縁取る長い睫毛を見下ろした。目尻に口付けると耳許へと言葉を注ぐ。
「……いつまで狸寝入りをしているつもりですか? それとも、本当にここで事に及んでも良い、と?」
止める意志がないことを示すように、胸の先、まだ平らなそこを爪先で引っ掻く。これで起きなければ勘違いだったけれど、結果としては当たっていた。レンは肌をびくりと震わせ、目を瞬かせてトキヤを見上げる。
「狸寝入りじゃないよ。イッチーの熱烈なキスに起こされたのさ」
「童話のお姫様みたいですね」
「そんなガラじゃない」
多分お姫様よりキレイですよ、とは言わずにおく。
「それで? 続きはどこでしましょうか」
「ここで良いよ、と言いたいところだけれど……」
体を起こしたレンは小さく息を吐くと、手を伸ばしてトキヤの頬を撫でてくる。
「このソファはイッチーのお気に入りだったね。汚すのは忍びないから、場所を変えよう」
「…………」
レンの言葉に、トキヤは密かに瞠目した。
このソファを買ってから今まで、そんなことは言ったことがない。けれど知られていた、ということは、レンはトキヤが思っている以上に、トキヤを見ているということか。
多分そうだ。――そうであれば良い。
「イッチー?」
どうしたの、と覗き込んでくる顔を引き寄せて額に口付ける。
こんな風にキスする衝動、それを愛しいというのだろう。微笑むともう一度、今度はくちびるにキスをひとつ落とした。