「お前がいないと……その」
そこまで言ったのに、語尾はごにょごにょと澱んでしまった。落ちた言葉につられるように、頭を垂れさせる。
「どうしたのですか」
「……なんでもないっ」
ぱっと顔を背けると、足早にその場を立ち去る。
(何を言おうとしてたんだ、オレは)
冷静さが戻ってくると急激に恥ずかしくなってくる。全部言わなくて良かった。言っていたら、どうなっていたかわからない。しばらくは放っておいてもらわないと、この羞恥の熱は冷めそうにない。
と、思っていたのに。
「待ちなさい。どこに行こうというんです」
腕を掴まれてしまう。振りほどこうとするが、存外強い力で掴まれていて出来ない。
「どこだっていいだろう。……ここじゃないところさ」
「こんな時に逃げるなんて貴方らしくない」
「……本当にオレらしくないと思うかい?」
「自覚があったんですか」
逃げてばかりだと。
くすりと笑いながら言われるとさすがにムッとしてしまう。
「そんな顔をしないでください。キレイな顔が台無しですよ」
「……言うようになったねえ」
思わず面食らった。そんなことを言うような男だったか。いやこれでトキヤは結構なロマンチストだから、女性相手ならば想像ができなくはない。そう、女性相手ならだ。まさかこの自分にそんなことを言うなんて。意外さに驚かされ、ますますトキヤの顔が見れない。
(わかっててやってるよね……)
こんな応酬は慣れている、はずだ。
それなのに、トキヤの顔がまともに見られないだなんて。
レンの気持ちを見通しているらしいトキヤは、薄く笑う。
「言い慣れていることでしょうに、言われると照れるんですか、貴方は」
「うるさいよ」
「滅多に見れない表情が見られて嬉しいですよ」
「だから、言わなくていいって」
「人に散々言っておいて、自分が言われる立場になったら言うなとは、道理が通らないのでは?」
「うるさいってば」
「顔が赤いですよ? そんな憎まれ口を叩いていても、」
(ああ――もう!)
さらに何事か言い募ろうとしていたトキヤの顎を掬い上げると、くちびるをくちびるで塞いでしまう。もがもがと不満そうな声は飲み込ませ、押し込むように舌を滑り込ませる。
歯列を辿ればすぐに誘い出されてきた舌に舌を絡めた。
やはり、黙らせるにはキスに限る。
そんなことを悠長に考えていられたのも、少しの間だけだ。すぐにトキヤのペースに飲まれ、負けていく。
ペースに合わせたりわざと負けることはあっても、飲まれることはなかった。どうして。そんな疑問すら蕩かすような口付けは甘い。この口付けの意味は、よくわかっている。
「……煽りたいのかい?」
合間に問えば、上唇をがぶりと食まれる。間近でレンを見上げる瞳は、理性で造られた男のクセにどこか野性味を帯びていた。そうして、意地の悪い笑みを口の端に乗せたかと思うとレンの脚を割った太腿を擦り付けてくる。小さく肩が跳ねたのは失敗だった。腰から尻にかけてをするりと撫でられる。
「……最初に言いかけたことを全部言えたら、」
全部あげますよ。
言いながら割れ目を指先が辿るのは、完全に確信を持ってのことだ。
わかっているからこそレンは顔を逸らし、くちびるを噛んだ。