「……今更タダで許すとでも?」
とん、と胸を押されて後ろへ身を引く。その隙を逃さないとばかりに、レンは後ろのベッドへとトキヤを押し倒した。抵抗する間もあればこそ、実に手早い所作で手首をまとめてネクタイで結ばれ、ヘッドボードに固定された。ちょっとやそっと動かしたところで、解ける気配はない。
「……どういうつもりですか」
「言ったろ? タダで済ませる気はないって」
おかしそうに喉を鳴らして笑うレンに、わざと溜息を吐いてみせる。
「それでコレですか。ずいぶん安直ですね」
「安直でわかりやすいだろう? それに、こんなものまであるんだよね」
ポケットから何かのアンプルを取り出し、口を開ける。中の液体らしきものを呷るとニヤリと笑い――トキヤに口付けてきた。逃げようとしても顎を強い力で押さえられて口を開けさせられているから、とても逃げられない。
舌が擦り合わされ、どろりとした液体が移される。初めは何かわからなかった。甘い、蜂蜜のように思える。わざとだろう、音を立てて舌を絡めてくるのは。好き勝手に口腔を舐めてくるから飲まされた物を吐き出すこともできない。
結局、唾液とともに嚥下した。
すぐに体が内側から熱くなっていく。辛いものを食べた時にも似ているが、決定的に違うのは腰の疼きだ。コントロールしようと思っても出来ず、勝手に昂ぶっていく。こんなもの、と表現した言葉の意味を半ば以上理解しながら、それでも問わずにはいられない。
「何を……飲ませたんですか」
「わかってるんだろう? 媚薬さ」
何でもないことのように言い、笑うレンの顔ときたら楽しげで、まるで悪魔だ。獲物を前に舌なめずりしている。そんな風情。
「体、熱くなってきてるだろう?」
ココも、とボトムの上からゆるりと指先だけで撫でてくる。僅かにも反応してしまうのは仕方ない。疼いているのだ。
しつこく撫でられているうち、ズボンが窮屈になってくる。涼しい顔をしていても、ソコは正直だ。普段ならものともしなかったに違いないが、今はダメだった。箍が緩んでいる。刺激は些細なものなのに、体の方が勝手に昂ぶってしまう。
「……熱くなってきたね」
悪戯に形をなぞりながらそんなことを言う。言葉だけで感じる、とは思いたくない。
「直接触ってあげようか。その方が気持ちいいだろう?」
ベルトを緩め、ズボンの前を寛げる。下着ごとずり下ろすと、露になった性器はすでに半ば勃ち上がっていた。レンの長い指が、輪郭を撫でる。ぴくりと肌が震えた。
長くて形の整った指。グラスを持つ時など自然と目が追いかけてしまうが、今はいやらしい手つきでトキヤの熱に戯れかかる。目が離せないのはどちらも同じなのに、ずいぶんと意味合いが違う。
「ねえイッチー。手と口、どっちで触られたい? どちらがお好みかな?」
含み笑いでそんなことを訊くなんて、はしたない。けれど今のレンにはそんな淫らが似合いだ。今すぐ押し倒して犯してやりたい。手首ががっちりと戒められているからできないけれど。
そんなトキヤの思考を読み取ったわけではないだろうけれど、レンは性器に顔を近付け、触れるか触れないかギリギリの距離で舐めてくる。生温い感触が近くて遠い。
「ホラ。言って?……どっちがいい?」
言ってくれたらヨくしてあげる。
舐めるフリをしながら視線だけトキヤに寄越す淫猥。こくりとトキヤの喉が鳴る。それでも言わなかったのは、まだ理性が勝っているからだ。
「言わないの? ずっとこのままがいい……わけじゃないよね?」
「…………ッ」
息を吹きかけられるのにも敏感に反応してしまう。それでも言おうとしないトキヤに、レンは苦笑した。
「強情だね……いいよ、じゃあ、そのままでいるといい」
根本に口付けると、そのまま唇でやわやわと根幹を食む。時折舌のぬめらかな感触で舐められるのがたまらない。ぴくりと腰が震え、トキヤは熱い息を吐き、短く吸う。
ぬめらかな舌の動きに腰が溶けてしまいそうだ。トキヤの良いところを十二分に知っている。その程度には体を重ねてきた。トキヤだってレンの悦いところは色々と知っている。今は手出しできないだけだ。
「……はぁ、っぅン……」
直接的な刺激だけにとどまらず、楽しげに性器を弄ぶレンにも興奮する。
先端に唇を押し当てると、そのまま曲線を含んでいく。長い髪を耳に掛けるのは、見せつけたいがためか。表情を、手管を。
「ん……、んぅ……」
「っ、…………く……ッ」
黙っていても興奮していることは伝わっているはず。先程より性器は大きく反り返って先走りを溢れさせているからだ。
どうにかしたくて縛られた手を引っ張っても、今はびくともしない。
「……は、ッ……」
「イッチーここ好きだよね」
口を離すと、舌先でそこをつつく。曲線がくびれた部分の裏側を執拗に指と舌が愛撫した。熱が急速に回っていく錯覚。くらくらする。
出してしまいたい。
そう思っても、レンは加減をよく知っていて――なかなか決定打をくれない。それも、彼の思惑なのだろうけれど。
じりじりと熱が放出を求めて集まっていく。だがそれを霧散させるように、レンはぱっと口と手を離してしまう。
こんなところで止められるのはたまらない。
レンを見る目には険が含まれたはずだが、それを痛痒ともしない顔で笑う。
「これだけ大きくなれば充分……」
呟くように言うと背後から何かを取り出す。いつも使っているローションだと気付いた時には、濡れた手の感触がトキヤの敏感な部分を覆う。根本から先端へと、くまなく手が這って濡らしていった。
そうして一度体を離すと、自らのズボンに手を掛ける。容易く下着ごと脱ぎ去り、トキヤの腰に跨った。
「ずいぶんと……淫らですね」
「憎まれ口を叩けるなんて、余裕じゃないか。でもそうこなくちゃね」
「……慣らしもせず?」
「慣らしたさ。イッチーのを銜えてる時に、ね」
いつの間に。
気付かないくらい、与えられる快楽に負けていたということか。トキヤが密かな敗北感を感じている間に、レンは腰を浮かせた。そうして支えたトキヤの性器をゆっくりと飲み込んでいく。
「んっ……、」
「は、……っ」
レンは慣らしたと言ったが、それも最小限なのだろう。ずいぶんと窮屈で、有り体に言ってしまえば悦い。
トキヤの腰を掴み、少し苦しげに柳眉を寄せて呼吸を繰り返す美麗をただ見つめる。それしかできないのが歯痒い。叶うなら、ラインの美しい腰を掴んで引き寄せ、何度だって打ち付けたいのに。
「はぁ……きもちい……」
うっとりと呟き、腰を小刻みに揺らす。シャツの隙間から見える肌がやけに艶めいていて、手のひらで撫でて吸いつきたい衝動に駆られる。
「……いやらしい……」
「ふふ……媚薬の効果、かもね?」
トキヤに飲ませる時にレンも口に含んでいたのだから、量の多少はともかく効果はあるのだろう。作用しているのなら、余計に蹂躙してやりたい。嬲って、泣いても止めてやらない。そんな凶暴な欲求が湧くのも、媚薬の効果だろうか。
まったく、都合が良い。なんでもかんでも薬のせいにしてしまえば、それで言い訳が成立する。トキヤがそう思うのだから、レンもそう思っているに違いなかった。
「んっ、ぁ……ぁ、ッ」
トキヤのことなどお構いなしに動くのは、勿論そのつもりだからだろう。そうして、彼自身の快楽を優先させているせい。
手はシャツの裾からレン自身へと伸びている。自分でしたことなどほとんどないと言い放っていたが、その貴重な機会を今トキヤに見せているということになるか。
「自分で、自分を慰めるのは……どんな気分ですか」
「っは……、悪くはない、かな……」
ぐ、っと中を収縮されればトキヤが息を詰める。余裕の表情を保ったレンは、気まぐれのように腰を揺らす。
おそらく、意識は手を動かすことに集中しているのだろう。腰の動きが疎かなのは、トキヤを焦らしているせいだけではないはずだ。
手の動きはよく見えない。シャツの裾が邪魔している。どうせ手伝うこともできないのだから、見せるくらいのことはして欲しい。
「ほら、ちゃんと手を動かして……手のひらで包んで、押し付けながら撫でるんです。どうせもう濡れているのでしょう? それならやりやすいはずですよ」
「こう……、かな……っ、ん……」
「どういう風に触っているのか、ちゃんと見せなさい。シャツが邪魔で見えません」
きっぱり言い切ると、レンが小さく笑う。
「ワガママ、だね……」
「今更でしょう?」
そうだった、と言いながらレンはシャツのボタンを外していく。もともとかろうじて引っかかっていただけのボタンはすぐに外されて――しどけなく開かれた裾へ、また手が伸びる。
鈴口から漏れた液を塗り広げるように、手が円を描いて動く。粘着な水音が立つのもふしだらで、行為の卑猥さを助長させていた。
「いい眺め、ですね」
「んっ……触れなくて、残念……だね、イッチー……?」
「そうですね……ですが、代わりに良いものを見せてもらってますから」
「ふふふ……おっさんくさいよ……っ、あッ、ぅンっ」
ぎゅ、と握った根幹の先端からだらだらと先走りが溢れる。ゆるゆると動いていた後ろも、にわかに動き始めた。中で擦られて、トキヤの熱も再び上がっていく。
「……は、……ッ」
「っ……気持ち良さそう、ですね」
「ふ、ぁ……ッ、きもち……いい、よ……? イッチーの……入ってる、し」
「…………」
天然、のはずがない。だとすれば狙って言っているに違いないが、わかっていても煽られる自分が悔しい。熱の放出を願っているのに与えられないことも悔しい。
その間にもレンは彼自身の熱を高めて、極みに達しようとしていた。
「ッあ、トキヤ……トキヤ、ァッ、ア、アッ……!」
びくびくとレンの体が震える。中も収縮してトキヤを苛んだが、いつものキツさはない。そのせいか半端に刺激されて達することもできない。こんな、レンの蕩けた声や顔を見ているというのに!
硬直から体を弛緩させたレンが、トキヤの胸にぱたりと身を伏せる。
「……、……気持ち良かった……」
呟くレンに、トキヤは無言で腰を突き上げた。
「っ! なに……っ」
「気持ち良かったですか?……本当に?」
「……なにが、言いたい……?」
語尾を奪うように、もう一度腰を揺らす。レンは短く高い声を上げて、トキヤの胸にしがみついた。
そう、全身の動きを奪われたわけではなかった。どうしてそのことに気付かなかったのか──気付くのが遅れたのは失態だ。
「足りていないでしょう?」
「どうして? 気持ち良かったと言ってる……」
「どこを、どんな風にされるのが好きか……知らないとでも思っているんですか」
ほんの少し体を揺らしただけで、レンは過敏な反応をする。達したばかりだからだろうが、子供がぐずるように頭を振るのは可愛らしい。
「中だけじゃなく……触られたいところがあるでしょう? 今のままでは触ることなどできませんが……残念ですね」
さして残念がっている風でもなく言ってやるが、トキヤの胸元でレンは動かなかった。もしかしたら迷っているのかもしれない。それだけが理由なのだとしたら、さらに煽るだけだ。
「ほら……いつまでもこのままで良いんですか……?」
繋がっている部分は熱い。トキヤだけのせいではなく、先程達したばかりのレンのせいばかりでもない。どちらかだけのせいではないが、どちらのせいでもある。腰を何度か揺さぶってやれば、トキヤの上に乗った体は過敏な反応を見せた。
「う……」
小さく呻いたレンが上体を低く起こす。トキヤの頭上へ手を伸ばして、戒めを解こうとした。思うように解けないのは、結び目が堅くなってしまっているせいかもしれない。
それでもしばらく悪戦苦闘して、手首の圧迫が和らいだ──次の瞬間のトキヤの行動は素早かった。
「っ、わ?!」
レンの腰を片手で支え、もう片方の手で勢いをつけて体を反転させる。体勢を入れ替えてしまうと、驚いた顔のレンを見下ろした。
「……せっかちだね」
「散々焦らされましたから」
「結局どうされたいか言わなかったくせに……」
拗ねたように横を向くレンの耳に、顔を近付けた。囁いてやる声は低くして掠れさせる。
「……貴方を滅茶苦茶にして、どろどろにして、中でイかせて欲しいと……そう言えば満足ですか?」
「…………」
数瞬の無言の後、面白いほど頬が赤くなったのは何かを想像したのだろう。トキヤは唇を弧につり上げると、レンの頬に押し当てる。
膝裏へ手を差し入れると強引に割り開いた。非難するような視線は見なかったことにして、笑みは消さない。
「ご想像通りにしてあげますよ」
耳を食み、舐めた。
震えた体をどう蹂躙するか。どういう反応が返ってくるか。こればかりは想像だけではわからない。
悦い顔が見られるように。
その前に、凶暴な衝動をどうにかしてしまおう。自分を誑かした悪魔のお気に召すかは、この際考慮しない。
トキヤの獰猛を感じ取ったのか、レンは一瞬怯んだ表情をし──次いで見惚れる笑みを浮かべて、トキヤの首へ両腕を回して引き寄せた。