「……オレもうダメだ」
顔をくしゃくしゃにしたかと思うとその場に座り込んだ。顔を上げてトキヤを見上げてくる。彼にしてはずいぶん情けない表情で、女性たちがいないことを彼のために喜ばなくてはならない。
そんな表情を自分に見せるくらいには、油断しているのだ。その事実に胸が高鳴る。
「死んじゃうかも」
「縁起でもないことを言わないで下さい」
「ホントにホントだよ? 心臓が本当に忙しない。イッチーがそんなこと言うなんて……ドッキリなら大成功ってところだね」
はぁと溜息を吐くレンにイラっとさせられた。そんな言葉が聞きたかったわけではない。
イライラするのは直感で彼が逃げていると思ったから。
本心を隠すことに長けたレンだけれど、こんな時まで本音を隠して――逃げなくてもいいだろう。それとも伝わっていないとでも言うのか。
「レン。あなたは私がそんなことを冗談で言う人間だと思っているのですか」
「……そういうわけじゃあ、ない、けど」
おや、とレンを見つめる。もごもごと言い淀むとは思わなかった。いつもなら空惚けてやりすごすところだろう。そうしなかったということは、どうやら一応はトキヤの本気が伝わっているようだ。
けれど言葉を茶化されるのは趣味ではない。レンはよくトキヤを揶揄うが、今はその時ではないとわかっているだろうに。
とするなら、どういうことか。
レンの正面で膝を折り、目線を合わせる。じっと見つめた。
「……貴方もいい加減、逃げるのを止めたらどうですか。先程腹を括ったから、私にあんなことを言ったのではないのですか?」
「さっきはさっき、今は今だろう」
ふいっと、ほんのり赤い顔と視線を逸らす。子供のようだ。以前ならただ呆れただろうけれど、今は可愛いと思う。
「……嬉しいよ。ありがとう」
呟くような言葉は、たしかにトキヤに届いた。
もうダメ、と先程聞いたような言葉を吐いて頭を振る。汗を含んだオレンジの髪がぱらぱらと白のシーツに散り、濃い色の肌と一緒に鮮やかなコントラストを描く。その様にトキヤは目を奪われながら、レンの胸を手のひらで撫でた。ぴくりと肌が震える。
「ね……、もぉ……」
レンの目許は朱に染まっており、ずいぶんと熱っぽい。逆効果だとわかっていないのか、これでは彼の望みは叶えられそうにない。
「こっちは、初めてなのにさ……飛ばしすぎだよ」
「仕方ないでしょう、……気持ち良いんですから」
「…………」
何か言い返そうと開きかけた口を、レンは閉ざす。そうして手の甲を目許にあてて溜息を吐いた。
「……イッチーって、けっこう天然だよね……それとも狙ってるのかい?」
「何をですか」
「天然か……」
苦笑したレンの目許を隠す手をどかしてしまうと、額に口付けた。
「天然でもなんでも結構ですが、長年の想いが通じてこうして抱き合っているのに、離れがたいと思うのが普通ではありませんか?」
ただでさえ同性で、レンは男女平等にフェミニスト、悪く言えば八方美人で呼吸をするように女性を口説くし、思いが通じることはないだろうと思っていた。それが叶ったのだから――少々有頂天になっても仕方がないのではないか。大目に見て欲しい。
レンはトキヤの言葉を聞くと「オレも同じだけどね」と微苦笑する。
「いつまでもこうしていたら、キリがないだろう?」
「…………」
顔を逸らすと、両頬を手で包まれてレンにじっと覗き込まれる。夏の空のような色。宝石より美しいと内心で思う。
「……キリがないほど、……」
「おいおい……」
レンの体を抱きしめる。脚を開かせて中に入れたままだから、とても居心地が悪そうだ。けれど密着している部分が多いから、気持ち良い――とは、やはり言い訳に違いなかった。
「まったく……」
腕をトキヤの背に回すと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「仕方ないなあ。……今回だけだよ」
「……いいのですか?」
「オニーサンだから譲ってあげる」
軽口を叩きながら頬に口付けてくる。そんな余裕があるなら大丈夫だろう。密着した腰をさらに奥へ押し付けた。レンは短い息を吐き、トキヤの首にしがみつく。触れた肌から伝わる熱が心地よくて、思わず溜息した。
次が最後ねと言われて頷くと、レンの肌へ没頭した。