おっと、と呟いて、脇から勢い良く出てきたものをレンが身軽に避ける。
飛び出てきたのは自転車に乗った子供で、仲間たちと大声で喋っているところを見ると、レンに気付いていた様子はない。
「危ない危ない……ぶつからなくて良かった」
「……そうですね」
言いたいことは山ほどあったが、レンがそれで済ませるなら、これ以上何かを言うのは野暮になる。気を取り直して並んで歩くと、レンがひょいと顔を覗き込んできた。
「イッチーって、時々顔の方が雄弁だよね」
「……何の話ですか」
「今の自転車。何か考えたろ?」
「……否定はしませんが……」
言い淀むとレンがくすりと笑う。じっと見つめていても気にしていないのは、トキヤ同様、人に見られることに慣れているからだろう。
「顔に出したくらい、喋ればいいのに」
「多弁になろうとは思いませんが、口数が特に少ないわけでもないと思います」
「気持ち以外はね」
「気持ち……ですか?」
「そう。大事なことだから」
笑うレンはとても楽しそうで、華やかさがいっそう増す。存在自体が華やかな男だから、これはもう天性のものとしか言いようがない。見ているトキヤも心が明るくなる、不思議な笑顔だ。
けれどそんなことを思っているとは思わせないように、わざと眉間に皺を寄せる。
「……本音は隠して生きてきたのでは?」
思ってもない意地悪を言うと、レンの笑顔が苦笑に変わる。
「ああ。今もそれでいいと思ってる。アイドルだしね」
夢を見てもらうのが仕事だから、悪いことではない。
だからレンの言葉には頷いた。
「では、私のことは言えないのではありませんか?」
「イッチーは、」
笑みを含んだ双眸は眩しい蒼。楽しげに揺れているのは気のせいだろうか?
「隠さなくていいことまで隠すからね」
「……たとえば?」
「ん? オレを好きなこととか」
平然と言ってのけるものだから、呆気にとられてしまう。
事実だとしても、それを平然と言ってのける人間がこんな身近にいるとは思わなかった。せめてもう少し恥じらうべきではないのか。
「……何を言っているのですか、貴方は」
「違わないだろう?」
手を伸ばすと、形の良い指先がトキヤの唇に触れる。すぐに離したレンは、口角を吊り上げて笑っていた。
――まったく。
小悪魔などという可愛い表現では収まらない。悪魔。そちらの方が適切だろう。
溜息を吐くと、レンに見咎められた。
「何を考えているのかな?」
「別に……たいしたことではありませんよ」
肩を竦めると、歩き出す。
今この場で言う必要はない。
後で――二人きりになった時にでも言えばいいことだ。言うだけで済むかはレン次第だが、おそらくそれだけでは済まない。
我ながら我慢のハードルが下がったものだと思いながら、隣を歩くレンの絶佳な横顔をちらりと見た。