no title

 掬った湯を、ぱしゃりと首許にかける。ふぅと息を吐き、広い湯船に足を伸ばした。一通り足や腕の筋肉を揉みほぐした後、湯船に頭を預けて立ち上る湯気と天井を見上げる。
 遠征は、嫌いではない。知らない土地に行くと、音也ほどではないが気分が高揚するし、そのテンションは本番に悪くない影響が出る。その時の最高を出すのが仕事だが、出しやすい状態になるのは良いことだ。
「…………」
 ふと目を細める。
 それだけのことならそれだけで済む。済まないのはテンションではない別のところだ。
 脳裏に浮かんだ彼の名は、あえて呼ばない。
 彼は──、特に本番に強い。彼の中では練習やリハからきちんと段階を踏まえているに違いないが、それより感性で動いているところがある。
 タイプとしては、音也と同じだろう。だが音也ほど感性だけでもない。理性的でもあるが、本能的でもある。両者のバランスが取れている。理性ばかりが強いトキヤから見れば、眩しくもあった。
 卑屈になっているわけではない。ただ、自分とは明確に違うのだなと認識し直しているだけだ。
 性格やタイプだけではなく、外見にしても。だから──というわけではないはずだが、感心もするし惹かれるところは多い。
 それが一方通行ではないということが、はたしてありえるだろうか。
 女の子を愛してやまない彼が、それとは別の感情を向けてきているような気がするのは、果たして気のせいか。
 今日も、そうだ。
 ステージ上で、いや楽屋にいる時にも、やけに視線がかち合った。意識しすぎだと言われれば、そうなのかもしれない。その程度でしかないが、そう思わせるだけの過去の蓄積がないわけではない。
 明確なアピールがないだけに、確信が持てない。思わせぶりですらないからだ。
 告げるだけの勇気はない。冷静に考えて、同性から告白されて喜ぶ輩はそうはいないだろうし、女性をこよなく愛するレンのこと、どういう返事になるかは考えるまでもない。──通常なら、だ。
「いけませんね……」
 思考が混乱してきた。
 告げる気もないのに相手の深意を計りたい、知りたいなど、都合が良すぎる。
 だから身動きも取れず、靄々した想いを抱えているしかできない。そんな結論しか出ないのは、やはり彼のことを──
(……好き、なんでしょうね……)
 溜息が湯気に溶ける。
「……好き、……」
 声に出してしまえば、それは確固たる想いになってしまった気がした。
 けれど、と気を取り直す。
 成就を望まないのであれば、誰を好きになろうと自由のはず。心まで雁字搦めに縛り付ける必要はない。それをあの学園で学んだ。
 どうせ今まで殺せなかったのだから、これからも殺せる保証はない。それなら、歯止めだけかければいいのではないか。
 つらつらと考えているうち、頭が熱くなってきた。湯あたりをするほど浸かっていないはずだが、一度出た方がいいかもしれない。
 深い息を吐くと、湯船から立ち上がった。

 髪を乾かした後、バスルームから出ると、先に入浴を済ませていたレンはソファで足を組んで座っていた。特に何をしている様子もなく、テレビもついていない。
 珍しいこともあるものだと思いながらベッドに腰掛ける。明日は昼前からの移動だけだから、早くに寝る必要はなかった。とはいえあまり遅くまで起きているのは体に悪い。
 何時頃に寝ようかと思案していると、視線を感じてレンを見る。それが合図だったかのように、レンは口を開いた。
「イッチー、オレのこと好きだろ?」
「…………は?」
 レンの言葉に、トキヤの時間が数秒止まった。
 彼は今、何と言ったのか。
(聞き違い……だといいんですが)
 トキヤの表情をどう受け取ったのか、大袈裟に肩を竦めたレンは仕方ないと言いたげだ。
「オーケー、言い方を変えよう。……オレのこと、相当気になってる。違うかな?」
「…………仲間のことを気にするのは当然でしょう」
 詰めていた息をふぅと吐き出し、今度はトキヤが肩を竦める。レンはトキヤの顔をじっと見つめ、面白くなさそうに口を開いた。
「ふぅん……無難な逃げ方をするんだな」
「逃げてなどいません」
「じゃあ、素直になればいい。今ここで隠す必要があるのか?」
 部屋割りの都合、今回はレンとトキヤが同室になった。アミダのせいで、そこに個人の意向はまったく挟まれていない。それだけのことだが、胸がざわついたのは事実だ。それを言う必要はない。
 二人きりの部屋。たしかに何をさらけ出したところで、二人しかいない。だが、一人ではない。相手に知られてしまうことを許容する必要がある。そうなると話は別だ。
 レンの口の堅さを心配しているわけではなく、自分の心の持ちよう。先ほど閂を下ろしたばかりだというのに、この男はそれを外させようとしているのか。
 密やかに息を長く吐き、一瞬だけ外した視線をレンに戻す。
「……逆に、仮に私がそれを認めたところで、何があると言うんですか?」 「訊いているのはオレなんだけどね……。まぁいい。何があるのかと言うけど、何もないと思うのかい? オレは嬉しいと思うな」
「嬉しい?」
 トキヤが形の良い眉毛をひそめる。不可解な言葉を聞いたと思った。 「何故嬉しいと?」
「嬉しくないわけないだろう? 嫌われるよりずっといいに決まってる。悪意より好意の方が嬉しいのは、イッチーも一緒じゃないか?」
「…………」
 無言でレンを凝視する。
(発言の意図は……?)
 彼が何を考えているのかさっぱりわからない。普段は軽薄な受け答えが多いから、余計に惑わされる。
 真剣な言葉なのか、そうでないのか。
 何を考えているのか、どうしたいのか。
 目論見があるのか。しかし計算を張り巡らせている風ではない。それなら単純に疑問を疑問として口に出しているのか。
 わからないのはトキヤがレンではないからだ。わかるはずがない。
 わからないなら、わかるようにすればいいのか。仕舞い込もうと決めたはずの想いを曝け出して、レンを暴けばいいのか。
(チャンスは今しかない)
 そう思ったら逃がす気はなくなっていた。
 互いに視線を逸らさないまま、トキヤは一歩二歩、レンに近付く。レンは逃げるでもなく優雅にソファに腰掛けており、絵画のようですらある。余裕があるのだろう。そう思える程度には、トキヤに余裕はなかった。
 三歩、四歩。足音は絨毯が消してくれている。
 手を伸ばせば触れられる距離まで来ても、互いに視線は噛み合ったままだ。それをいいことに間近まで顔を寄せると、最初は軽く、続いて齧るような勢いで口付けてやった。
(動揺くらい、してくれるといいんですが)
 顔を離すと、レンはぽかんとした表情をしている。こんな顔は初めて見たと思った。
「……なかなか情熱的だね、イッチー」
 呆然とした呟きに、小さく息を吐く。目論見は成功したようだ。
「よく勘違いされますが、私は決して冷めた人間ではありませんよ」
「そういえばそうだったか。……それを差し引いてもね」
 今度はレンは笑っている。いつものような上っ面の笑顔ではない、愉快そうな笑顔。対してトキヤは仏頂面を作る。
「嬉しいと言ったのはあなたでしょう」
「言ったね。もちろん嬉しいよ? ただ、ビックリしたってだけさ」
「どういう意味ですか」
 思い切り眉をしかめると、レンは困ったように首を傾げる。
「ん? んー……まぁここは正直に言おうか。イッチーも素直になってくれたことだし。……てっきり、逃げられると思っていたからね。誤魔化されるというか、有耶無耶にされるというか」
「つまり私が認めないと?」
「そう」
「…………」
 いつもなら、レンの言うとおりだ。たぶんそうしていたに違いない。気持ちにきっちり蓋をし、レンには告げないと決めたのだから、トキヤとしてはそれを破るつもりはなかった。
 理由なら、すぐにひとつ思い浮かんだ。
「……あなたにしても、そこまで踏み込んでくるのは、らしくないのではありませんか?」
「どういう意味かな?」
「言葉通りの意味です。仲間たちのことはよく見ていて色んな事に気付く。その割にプライベートにはあまり干渉しない。されたがらない。そんな貴方が、いきなり他人の個人的感情をストレートに突いて、かつ追及してきたのですから、らしくないと思わない方がどうかしているでしょう」
 レンの頬にかかっている髪を指先で払ってやる。無駄のない頬のライン、垂れた目許は自分よりずいぶんと纏う雰囲気を柔らかなものにしている。薄い茶の長い髪は艶やかで柔らかい。これは肌質・髪質が元々良いのだろう。羨ましい話だ。  頬に触れた指はそのまま顎のラインを滑り、親指で唇をなぞってやった。ひくりと眉が震えたのが見えて、トキヤを小さく喜ばせる。
「どうして踏み込んできたんですか?」
 再度真っ直ぐに目を見つめながら問うと、数秒してからレンは居心地悪そうに視線を逸らした。
「……レン?」
 囁くように言えば、
「……、……わかってて言ってるだろう?」
 いかにも苦々しく言われる。
「言ってもらえない以上、推測は推測の域を出ませんから」
 しれっと答えて、レンの腕を掴んで椅子から立たせる。
「? イッチー……、」
 なんだ? と訊いてくるのに応じもせず、引きずるようにベッドまで連れて来ると強引に押し倒す。見下ろすレンの顔は、常の余裕は薄らいでいて、唐突な出来事に対応できないでいるようだ。
(彼の本気を窺うには、追いつめるしかない)
「これは、一体……」
「本気で嫌なら、全力で抵抗してください」
 しかし、そうでないのなら、遠慮はしない。
 じっとレンを見つめていると、居心地が悪そうに顔を背けられた。それきり無言だ。逃げる様子もない。ということは──。
 トキヤは口の端をわずかに緩めると、もう一度レンに口付けた。


「っ!?」
 条件反射でびくっと震えたのは仕方がないと思いたい。誰だって不意にあらぬところを触れられればそうなるはずだ。
「……なぜそんなに驚くんですか」
 呆れが混ざった声に、レンはトキヤを非難がましく見上げた。
「慣れていないんだから、仕方ない」
「嫌ではないんですね」
「……何度も訊かないでくれないか?」
「嫌がることをしたいわけではありませんから」
 それで? と、口ではなく目線が答えを求めてくる。先程よりよほど逃げ出したい衝動に駆られるが、手を握りこむことでなんとか堪えた。
(こいつに抱かれるレディはこんな気持ちになったりするんだろうか)
 などと思っていると、トキヤに顔を覗きこまれる。
「何を考えているんですか?」
「別に……たいしたことじゃない」
「そうですか」
「…………」
 わずかに目を伏せた様子に、嫌な予感が過ぎる。たぶん、気のせい。そう思おうとした時、トキヤが体を下方へとずらした。
(こういう嫌な予感っていうのは、たいてい当たるものなんだよな……)
「イッチー……?」
「なんでもありませんよ」
 そう言って顔を伏せた先に、レンは自分の勘が当たっていたことを悟った。
「ちょっ、と待て……っ!」
 制止の言葉など聞こえていない風で、トキヤが手で支えたレンの性器の先端をぺろりと舐めた。それはレンが今まで生きてきた中でも、五指に入る衝撃的な絵面だったと断言できる。
(こ、れは……っ)
 止めさせようと肩を掴んでも、急所を掴まれている状態でそうそう力は入らない。その間にもトキヤはレンの根本から先端へと舌を這わせていた。
「……っ、……!」
 過去にそういった経験がないわけでは、ない。どちらかといえばレンは奉仕する方が好きだが、それだけでは足りない女性というのもいたので、してもらわなかったわけではない。もちろん、どんな女性に対しても余裕はあったしいくらでも取り繕えた。
 だが──この衝撃はなんなのだろう。体裁を整える余地すらない。
 舌はこんなに柔らかかったか。
 指はそんなに繊細に、あるいは大胆に動けるのか。
 口中はこんなに──熱かったか。
「っ……、は……、…………」
 肩を掴んでいる手にはかなりの力が籠もっているはずだが、気にすることもできず、トキヤも何も言わなかった。
(……気持ち、いいな……)
 いつの間にかトキヤの口や指がスムーズに動いているのは、彼の唾液のせいばかりではないはずだ。体中の熱がそこに集まっているような錯覚。複雑な思考などできなくなる。
「ぅ、ん…………っ?!」
 性器の根本からさらに滑り降りた指先が向かった場所に、体が強張る。だがそれをあやすように、トキヤは反対の手でレンの体を撫でた。
(経験があまりないと言っていた割に……っ)
 手慣れているじゃないか。
 思っても口には出せず、結局トキヤの動きを止められなかった。
 ぬめりを帯びた指が後孔の周囲をゆるゆると撫で、ゆっくり入れられた。前への刺激は途切れていないから、だいぶ誤魔化されている。だがそれにしたって違和感はどうしても消せない。
「……つらくはありませんか?」
 内股へ口付けられ、そのまま見上げられる。手の甲で口許を拭うトキヤを当然見返せるわけもなく、顔をわずかに逸らしたまま息を吐いて頷いた。
「ああ……、」
「……良かった」
 微笑んだように見えて、ついつい視線をトキヤへやると、伸び上がった彼に軽く口付けられる。その時にはもう微笑は消えていた。
「できるだけ、力を抜いていてください」
 真剣に言うから、どう反応していいかわからないし悩んでしまう。なるほどトキヤに抱かれる女はこういう気分を味わうのかと、わけのわからない納得をしていると、沈黙を了承と受け取られたらしい。中に入れられた指がゆるりと動きを再開し、一本増やされる。
「っぅ……くっ、……」
 痛みはある。けれどすぐに長い指がレンの性器に絡みつき、扱かれる。充分すぎるほど熱を帯びた性器は、すぐにまた透明の蜜を溢れさせた。トキヤは性器の根本を伝い落ちるそれを塗り込めるように、丁寧にほぐしてくれる。
 視線を感じてトキヤを見、彼の視線を追えば、自分の性器を凝視しているのだとわかった。
「見つめる、ものじゃあ……ない、だろうに……!」
「そう、ですか? 貴方が感じてくれているとわかって……嬉しい、ですが」
 トキヤの言わんとするところはわかる。それが一番わかりやすい部位だからだ。だが、だからといって嬉しいわけではない。
(もっと別のところを見てくれるとありがたいんだけどね……)
「気になるなら……気にならなくすれば、いいですか」
 自分も吐いたことのある言葉を、まさかこんな時に聞くとは思わなかった。はからずも女性の気持ちが理解できたことに天を恨む。
 制止する間もなく、トキヤは指の動きを早め、また銜えてくる。
「う、わ……っ」
 腰のあたりがぞわぞわする。思わずシーツを掴んだが、やり過ごせるものではない。
 トキヤの舌に、唇に、指に、熱を翻弄される。このまま流されてしまうとどうなるのかは、わかっていた。
「ちょ、っと……離してく、れ……っ」
「どうか、しましたか」
 口を離してくれたことにほっとし、息を吐く。
「そりゃあ、ね……そのままされると、イッちゃいそうなんだけどな」
「遠慮しないでください。そのためにしているんですから」
「え……、ちょっ、と待て、って……!」
 再びトキヤが口腔での愛撫を再開して慌てるが、この状態で体に力を入れろと言われても無理な話だ。
 レンのポイントを掴みつつある舌と指に追い立てられ、結局──達してしまった。しかもトキヤの口中に。
「おまえね……、……」
「なんです?」
 ごくりと喉を鳴らして飲み込まれるのも居たたまれない。
(いっそ消えてしまいたいというのは、こういう時に思うものなのかな……)
 シーツに突っ伏すと「なんでもない」と返す。なんでもなくはないが、そう返すしかなかった。
 今の流れを思い返し始めそうで必死に戦っていると、不意に腰を掴まれた。そのまま膝を立たされる。
「……イッチー?」
「後ろからの方が楽だと聞いたことがあります。つらいことには変わりないでしょうが……少しでも負担を減らしたい」
「…………」
 背中にのしかかり、髪を払われて首筋に口付けられる。くすぐったさに息を詰めると、何度か首筋や耳に唇を落とされた。
 今更ここまできて止めろと言うのも酷な話だろう。
(…………ん?)
 ふと過ぎった疑問に内心で首を傾げる。
「……萎えてない、のかな? イッチーは」
「萎える要素があったのですか?」
「いや、……普通は萎えるんじゃないかな」
「『普通』と一緒にしないでください。そもそも同性である貴方を好きになっている時点で『普通』とは、かけ離れているでしょうに」
 言いながらトキヤはレンの手を取り、背後に──トキヤへと導き、押しつける。
「……これでも信用できませんか」
「…………これ以上ないくらいに、わかりやすいね」
 男の体の単純具合は、自分が男なだけにわかりきっていた。そこが昂っているということはつまり、欲情しているということだ。
(これは……意外とクるものが……)
 真面目と常識を形に現したようなトキヤが、こんな風になるなんて、想像したこともなかった。つい先程まで、まったく。
 気持ちに偽りはないということか。
「わかっていただけて何よりです。……入れても、いいですか?」
「……ここで訊く台詞じゃないと思うけど?」
「それでも訊かないとわかりません。流されているだけなら後悔するでしょう。そういう思いをさせるのは私の本意ではない」
「ダメだと言ったら?」
「……止めます」
 一瞬間があったのは、それはそれで当然だ。でも彼ならきっと本当に止めてしまうのだろう。
(気遣いはありがたいんだけどね……)
 体を捩って正面に向き直ると、トキヤを抱き寄せた。
「レン……?」
「いいよ、入れて。……別に流されてるわけじゃない」
「後悔、しませんか」
「それならそもそもこの状態になってないと思うんだけど?」
 腕を緩めてトキヤの顔を覗きこめば、何かを探るような眼差しでじっと見つめてくる。しばらく見つめ返して、ようやく納得してくれたらしい。
「……わかりました」
 顔を寄せ、目許にちゅっと吸いついてくる。そうして熱をレンの後孔へ宛てがい、ゆっくりと腰を進めてきた。
「……っ、……は……!」
 思わず息を詰める。
(想像以上に、キツいなこれは……)
 バスローブを着たままのトキヤの肩を思わず掴む。それでも止めなくていいと言った以上、耐えるしかない。
「レン……、」
 困ったように眉を寄せるトキヤの顔が間近で、そんな顔をさせたいわけではないと心底から思ったが、今はどうすることもできない。
 せめてと唇に軽く口付けると、一瞬の間があった後で数度啄むような口付けを返されてから深くなる。
「ん、……っ……」
「……、……」
 舌で唇を辿られたかと思えば、歯列を割ってレンの舌を捕らえる。軽く歯を立ててやると、舌を誘い出されて同じように噛まれた。
「レン」
 唇を離せば耳許でほとんど吐息の声で名前を呼ばれ、耳朶を食まれる。背筋に何かが駆け抜けていった。
(な、なんだ今のは……)
 慣れない感覚に戸惑っていると、トキヤの手のひらがするりと肌を撫でる。胸の先、乳首を指先がかすめた時に囁かれたらたまらず、思わずトキヤを抱きしめていた。
「……どうか、したんですか」
「…………それは、止めておいてほしいな」
「何が……、……あぁ」
 理解したとばかりにトキヤが頷く。
「弱いんですね」
 断言された時には殴ろうかと思ったが、そんな余裕はなかった。
「痛くないならその方がいい。気持ちよくなれた方がいいでしょう?」
「そう、だ、が……」
 自分が受け身に回ると話は変わるのだと、どう言えばいいだろう。けれどその隙にトキヤの性器はレンの中へほとんど飲み込まれていた。
「大丈夫、ですか……?」
「ん……なんとか、ね」
 痛みは、ある。だがそれ以上に形容しがたい気持ちでいっぱいだ。
(こういうのは満たされてるっていうのかな)
 それとも、これも一時の熱なのか。
 確かめるのは今でなくてもいいと思った。
 トキヤは律儀に「動きますよ」と宣言してから、緩々とした動きでレンの中を蹂躙していく。
「ッァ……ぅ、ッ……」
「……、…………は……」
 脚は大きく開かされているし、隠すものなどないからすべて曝け出しているし、出したことのないような声はでるしで頭の中はぐちゃぐちゃだが、それ以上に体もぐちゃぐちゃになってしまいそうだ。
 余裕がない。
 では自分の余裕をなくさせている張本人、トキヤはどうなのかとちらりと見上げる。
「…………ッ!」
「……レン……?」
 秀麗な顔は、普段は冷静で大きく表情を出すことはない。今もそんなに表情が変わっているわけではない。
 だが、眼が。
 熱っぽい目許、射抜く強さの眼差し。そうして、声。
(あぁ……わかった)
 先程、名を呼ばれて震えた理由を理解したと思った。
 眼も声も──トキヤが欲情を隠していないもの。収録で以外、なかなか露わにしない彼の感情の発露。それを間近で浴びせられて、穏やかでいられるはずがなかった。
 肩を掴んでいた手を離すと、トキヤの首へ回して引き寄せ、密着する。
「……トキヤ」
 囁いて、耳殻に歯を立てる。ひくりとトキヤの体が揺れたのは、気のせいではなかった。
 強く抱きしめられたかと思うと、緩やかだった抽挿が早くなる。口から漏れた声は思わず高くなった。
「ッア、ア……、い、きなり……ッ」
「仕方がない、でしょう……煽ったのは貴方、ですよ……!」
(そんなことで煽られるとわかっていたら、言わなかったのに……!)
 悔やんでも後の祭。
 その言葉をレンは身をもって味わった。

「レン……、その、大丈夫ですか?」
 シーツと枕に突っ伏して沈んでいるレンへおそるおそる声をかけるが、反応は鈍い。
 やはり負担を強いてしまった。こんな時はどうしたらいいのかわからずにおろおろしていると、大きな溜息が聞こえた。そうしてレンがごろりと寝返りをうち、トキヤの傍に来てくれる。
「体は大丈夫じゃあないな」
「…………」
「別にイッチーだけのせいじゃないから、そんな顔しないでほしいな」
 男とするのが初めてだった割には上出来だったんじゃないかと妙な褒められ方をしたのは、喜んでいいのか悪いのか。
(ちゃんと……できたんでしょうか)
 気になってじっとレンを見つめていると、苦笑されて腕を引っ張られた。寸でのところで倒れ込むことだけは堪えると、そんなことはお構いなしに抱きしめられる。
「なんで不安そうな顔してるのかな」
「それは……」
「俺が大丈夫だって言ってるのに、そんなに信じられない?」
 じっと顔を覗きこまれ、見つめられる。少し拗ねた表情は、年上とは思えなかった。
「良かった。……イッチーの普段と違うところ、色々と見られたしね」
「何か普段と違いましたか?」
「自覚なかったのか?」
 呆れ混じりの言葉に、眉を寄せて思い返す。
「……貴方の方がよほど、普段と違っていたようにしか思えませんが、」
 ぎゅっとレンの体を抱き返す。細くもなければ柔らかくもない体は、それでも愛しい。
「それも貴方の愛しいところですね」
「…………真顔で口説くの、止めてくれないかい?」
「テンションの高さを私に求めないでください」
「それにしたって……もう少し考えてほしいな」
 その調子じゃあ女の子は落とせないと笑われる。
(女の子を口説くつもりはまったくないのですが……)
 少々飛躍して、レンが口説いてほしいのであれば、それはそれとして考えねばならない。
「……わかりました。善処しましょう」
「まさか本気じゃないよな?」
「貴方が納得いく口説き方をします。……次回までに」
「イッチー……」
 大きな溜息を吐いたレンに、力一杯抱きしめられる。同じような強さで抱き返せば、今度は笑ってくれた。
 それだけのことなのに、涙が出そうなほど嬉しい。
 いつまでも笑っていられるように。全力を尽くそう。
 密かに決意をすると、レンの形の良い耳に名前を囁いた。
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