武器商人を襲い、その後別の島での宝探しが空振りに終わると、赤髪海賊団はクレセント村から二十kmほど離れた港町に戻ってきていた。小さな町だが、一通りの物資を調達できるのがありがたい。何より海軍支部が遠いのがありがたかった。
労いの意味が濃い宴会を町一番の酒場で繰り広げた後、ルゥは船で留守をしていたので、酒場で肉の大量配達をしてもらう手筈を整え、幹部たちは河岸を変えて飲んでいた。落ち着いた小さなバーはヤソップの好みだ。
「楽しかったッスね、山登り!」
「若いってのァいいねェ……」
「ヤソップさん、年寄り臭いっすよ発言が」
アディスンのからかい口調に、ヤソップは渋面する。
「おれは仲間うちじゃ年長組だからな。どーせ年寄りさ。つーか、あんな何回も山登りさせられたら誰だって懲り懲りだろうが」
「僕もヤソップさんと同感ですよ。山登りもですが、穴掘りも結構辛かったですよね」
「楽しかったけどなァ」
二人の発言にアディスンは黄色いサングラスをシャツの裾で拭きながら不思議そうに返す。ヤソップは苦笑した。
「お頭みてェなことを言うな。おれは当分、勘弁だ」
若いからなのか元々の性質からなのか、シャンクスと変わらぬ歳のこの幹部は、宝捜しや冒険などではしょっちゅうシャンクスとつるみ、馬鹿騒ぎを引き起こす。ベンを苦笑させたり呆れさせることもしばしばだったが、そのおかげで他の連中が盛り上がることも多い。いわばムードメーカーなのだ。
肉体労働は若いのに任せるとテキーラサンライズを飲む。暁の名をとったカクテルは、喉を焼いて胃へと滑り落ちた。疲労した体に心地よい熱だ。
文句を言っても、何度も山登りしたことに疲れてしまっただけで、宝捜しそのものについては楽しかったとヤソップは思っている。怪しげな神殿やいかにもそれらしい碑文、いわくありげな隠し扉や洞窟を見つけた時は、本当に山ほどの財宝があるのではないかと海賊らしくときめきもした。
実際財宝は合ったのだが、皆が想像していたような金銀財宝の類ではない。薄い、帳面ほどのプレートが数枚と小さな宝石が幾つか。剣の収められていない鞘。一応戦利品には違いなく、プレートのほうは更に秘密がありそうだったので、ベンに見せるためにまとめてそれらを持ち帰りはしたが、換金できなければ意味がない。夢や浪漫、冒険を求めていても海賊団は荒くれ男の集団である。食わせなければ不満も出るし、最悪反乱が起きる。
赤髪海賊団には今のところ乗っ取りで名を上げようとする者がいないのが幸いだった。頭の気風による部分が大きいのかもしれないと、ヤソップは今はいないが鷹揚で強い引力を持つ船長を脳裏に思い描いた。
ヤソップやルゥ、アディスン、リックが知るシャンクスと、他の仲間たちが知るシャンクスに相違する部分はそうそうない。『赤髪』しか知らぬ者たちとは違っているだろう。
ヤソップが知っているのは、稚気が有り余り、やらかした当人が青くなるような失敗も大事に至らなければ些事だと笑い飛ばし、旨い酒が好きで食い意地も少々張っていて、奔放で手がかかりそうだと思わせておいて嵐や戦闘では誰より頼りになり、鬼神のごとき強さで立ち向かう敵を斬り捨てる。今まで出会ったどんな男より人の目を惹きつけて離さない吸引力と仲間を目的へと導く牽引力を持っている。言葉にすると陳腐だが、そういうところがあるのがシャンクスだと思う。
行方不明の後、戻ってきて目覚め――中身が少年になっていたシャンクスは、ヤソップの知らない子供だった。明るくて知らないことを知りたがるのは以前と変わらないが、赤髪海賊団の頭だったシャンクスではない。同じ記憶喪失でも、大人のままだったベンとは根本的に異なる。幻覚剤の副作用だと船医のギーフォルディアは説明してくれた。治療と療養を兼ねて船を一度降りるとの提案を仲間たちは渋りもしたし反対もしたが、結局は船医の意見が通った。心置きなく治療に専念させたかったのではなく――見たくなかったのだ。『赤髪』ではないシャンクスを。
深く吐息し、テキーラ・サンライズを乱暴に呷る。
それがエゴだともわかっていた。経過を見ていたくないからギーフォルディアとベンに押し付け、結果を見て喜ぶ。卑怯に違いない。己の中に確固として存在する『赤髪』という偶像を地に落とさぬようにするためだけに船から追い出したも同然だ。罪悪感は当然強くある。それゆえに残された仲間をきっちりまとめようという思いも強い。そうすることでわずかにも罪悪感を消したかったのだ。小心者だと己を嘲笑ったのは、一度や二度ではない。
ルゥやアディスン、リックがどう思っているのかは、恐ろしくて訊いたことがなかった。
「お頭と言えば、」アディスンが周囲に目を配りながら声を落とした。「どうしてるんでしょうね、副船長たち。あれから一ヶ月くらい経ちますけど、連絡は何もないし」
「進展がありゃ、連絡のひとつも寄越してくれるだろうさ」
リックではなくアディスンが納得したように頷いた。
「そうっすよね……」
「一応、気遣ってくれてるんだと思いますよ。しょっちゅう連絡をくれても、そのたびに『進展なし』とやられたら、やっぱりこちらもがっくりするでしょう。それに、」
一度区切ると、アディスンはジンのストレートを一口飲み、その後でいっそう声を低めた。
「僕らだって、こっちだけで片付けないとまずい事態だってあるわけでしょう」
シャンクスが帰ってきた時に船内が分裂していたら、航海どころではない。それも頭の痛い事態だと、ヤソップはこめかみを揉んだ。
「そっちはどうなってんだ、リック」
「今は大人しいもんですよ。積極的に、例えば反乱を起こそうとか、そういう様子はないんですけどね。もしかしたら、それより厄介なことはあるかもしれないですが」
「どういうことだ?」
「他船からの接触があったみたいです」
「何?」
高くなりかけた声を慌てて抑える。目だけで周囲を見たが、聞こえていなかったようだ。
リックは唇をほとんど動かさずに喋る。
「引き抜きですよ。航海士長のところにきた手紙を、僕も見せてもらいました。彼は応じる気がないので見せてくれたんでしょうけど」
「他の奴らにもきてる可能性はあるってことか」
絶妙のタイミングだ。普段なら気にもかけずに済むことである。そんなものが来ても、皆破り捨てるからだ。しかし、今は。
アディスンが珍しく難しい表情で、相棒とも言うべきリックに顔を向ける。
「リック、それってスウィーズ海賊団だった?」
「ええ、そうですけど」
「何で知ってんだ、アディスン」
「や、実はおれの所にも宴が始まる前に来ててさ。アホらしいと思って破って捨てたから忘れてたけど、話を聞いて今思い出したんスよ」
隠してたわけじゃねェぞとアディスンは上目で二人を交互に見たが、ヤソップもリックもそんなことは疑っていない。何でも顔に出やすいアディスンがそんなことを器用に隠せるはずがなかった。
「幹部にまで送って寄越すとは、なめられたもんだな」
「いつもなら気にもしないですけどね」
何しろ時期が悪すぎる。頭であるシャンクスはおろか、精神的支柱である副船長もいない。
「ま、船下りるって奴がいるなら、それはそれで仕方ねェさ。そいつが決めたことだ。他人が口を挟むことじゃねェ。……けど、こういうのは好きじゃねェな。そもそも、」
おれたちの居所が他所に知られているのは拙い。
ヤソップの言葉に、アディスンとリックははっと顔を上げた。
そう、一番の問題はそこだ。形を潜めて久しい赤髪海賊団の居場所を、スウィーズ海賊団とやらはどのようにして知ったのか? 優秀すぎる情報屋が流したのか、それとも――
あまり考えたくないことだ。仲間を疑いたくはない。
「敵さんの情報収集能力を侮ると、痛い目を見そうだな」
見張りの強化をルゥに連絡しなければ。
二人は頷くと、その後は三杯目を飲み干すまで無言でグラスを傾けた。