I don't mind, If you forget me.

7

 シャンクスと少年の予想より遠くへ、幼い子供たちは歩いていた。
 野生動物が冬ごもりの支度を始めようとする時季ではあったが、彼らが遭遇したのは熊や狼ではない。しかしもっと性質の悪いものだった。
「おらっ、ジャリがこんなとこまで来てんじゃねーよ」
「銃の的になりてえって言うなら話は別だけどな!」
 茶髪の男の言葉に、四人の男たちは下品な笑い声を立てた。この男達がどういう素性の連中で、何のために森の奥にいるのかなど、子供たちは知るはずもない。
 元々は大きな盗賊団の一員であったが、ある黒衣の男に頭領を斬り捨てられ、追い討ちのように警察や海軍に一斉検挙され、盗賊団は壊滅した。彼らには検挙を免れた幸運はあったが、心を入れ替えて真面目に働くでもなく、再び盗賊として仕事を始める算段を立て、仮の隠れ家としてこの森に潜んでいたのである。
 村人もほとんど寄り付かぬこの森は、悪人が隠れるにはうってつけだった。知らぬこととはいえ、子供たちが森に入ったのは不運である。
 子供らを前に、金髪が言い出した。
「おい、銃の的にするのはいつでもできるじゃねーか」
「あ? 何が言いてえんだ?」
「このガキどもの親やら村から身代金ふんだくりゃ、当面は困んなくなるんじゃねーのか」
「おまえ、頭いいなあ!」
 旅人や商店を襲うにしろ、大金をふんだくろうと思えば盗賊たちも装備を万全にせねばならない。身代金を頂けば、少なくとも装備の充実は図れるだろう。そのほうが次の仕事へ取り掛かるのに効率的である。
「やだー! 放せよお!」
「うるっせえんだよチビ! 大人しくしてねーと今すぐブッ殺すぞ?」
「まーおれたちはそれでもいいけどな!」
 下卑た笑いは、子供たちを追ってきたシャンクスと兄の耳にも届いた。ケントが飛び出そうとするのを、シャンクスが掴んで抑える。
「出たら駄目だ!」
「あいつらが捕まってんのに、助けねえわけいかねェよ!」
「わかってる。オレが何とかするから、ここで待ってろよ」
「シャンクス?」
 足を止め、シャンクスを見上げる。少年が見たこともない厳しい表情で男たちを睨んでいた。ただならぬ迫力に足の竦んだ少年の肩にぽんと手を置くと、シャンクスは身を低くして男達から隠れながら近付いていく。
 失敗したらただでは済まない。頭ではなく理解している。外出する時にはいつも腰に差していた剣が役に立つだろう。剣の稽古は雨の日以外はレンと欠かさぬようにしていた。もし――いや、おそらく剣を使う事態になるだろう。その時には失敗は許されない。できるかどうかではなく、やるしかないのだ。失敗は、しない。
 少年の足を竦ませたものの正体を、シャンクス本人はわかっていない。ベンが見ていたならわかったはずだ。それが怒気だということを。
「おまえら、その子達を放せ」
 無意識に計った間合いから姿を現すと、賊らを睨む。賊らは瞬間怯んだようだったが、シャンクスが一人とわかると威勢を取り戻した。
「バッカじゃねーの? 金ヅルを放せって言われて放すバカがどこにいるよ?」
「ちょーどイイんじゃねーか? おまえ、村行ってガキ返して欲しけりゃ五百万ベリー用意しろって伝えな」
 茶髪に抱えられた子供は、泣きながら父母や兄、シャンクスの名を呼んだ。シャンクスは奥歯を強く噛み締める。体の奥底から、強いベクトルを持った感情が湧き出そうとしているのを、拳を握って抑えた。賊どもはそのことに気付かない。
「シャンクス――!」
 囚われていなかった女の子が、ようやくシャンクスに向かって駆けてきた。顔は涙と鼻水でひどい有様である。
(駄目だ――!)
 気付いた。
 賊の一人が、子供の背中へ銃口を向けている。
 言葉より、思考するより速く、体が動いていた。どうすべきかは知っている。
 高い銃声。
 癇に障る笑い声。
「シャンクスゥ……」
 子供は、腕の中に在った。手近な木の幹に、賊どもから陰になるように座らせてやる。
「……どこも、痛くねェか?」
 子供が頷くと、シャンクスは微笑んで頭を撫でてやった。自分がレンブラントにされるように、優しく。
「少しの間、木に隠れて目は閉じて耳は手で塞いでじっとしてるんだ」
「シャンクスは?」
「オレは大丈夫。おまえの兄ちゃんに約束したから、フィリップを助けるよ。それまで大人しくしておいてくれ。いい子だから、できるよな?」
 シャツにしがみついていた手を放させると、再び男たちへ向かう。
「フィリップを返せ」
「タダで返すと思ってんのかよ。一千万ベリー持って来たら返してやらあ!」
「ごちゃごちゃ言ってると、てめえからバラすぞ!」
 茶髪の男は、抱えたフィリップの頭に銃口を押し付けている。泣きじゃくる子供は、恐怖で動けまい。
(……不思議だな)
 こんな事態に在りながら、シャンクスの内心はひどく落ち着いていた。
 相手は五人。そのうち二人は短銃を持っており、もう一人はマスケット銃、残り二人は剣である。シャンクスの武器はといえば、右の腰に下げたカトラスが一本きり。無論、増援など望めない。剣とて、それがどれほど通用するのかわからない。
 それでも落ち着いていた。賊の罵声など、意に介するものではない。捕らえられている子供はそろそろ限界だろう。急いでやらねばならない。
「よう、赤茶っぽい髪した兄ちゃん。威勢のよさはどこへいった?」
「ビビッちゃったかなー?」
 嘲う男たちへ、足を踏み出した。迷いはない。
「な……?」
 身構えたところで、応戦する間など与えない。短銃を持った一人が腹に蹴りを食らい、倒れる。
「てめえ! ガキがどうなっても……!」
「返してもらう」
 茶髪の男は、間近にシャンクスの瞳を見た。身動きひとつ取れない。銃口をシャンクスに、と思った時には体を折り曲げて倒れていた。捕らえられていた子供はもう、シャンクスの腕に収まっている。
「フィリップ。兄ちゃんの所へ連れてってやるから、」
 しっかり目を閉じておけ。
 胸に子供を抱え、斬りかかってくる男をかわした。子供は頷くと、大人しくシャツを掴んで目を閉じたようだ。
 殴りかかってきたマスケット銃をすれすれでかわすと、剣を抜いた。隙だらけの背に一撃を加えてやる。悲鳴をあげ、男は地に倒れた。
 鉛の玉を避け、剣を一閃する。
 シャンクスは自身に驚いていた。体は澱みなく動く。どうすればいいのか、頭より体がわかっているようだ。――この感覚は、知っている。
 賊五人が動けなくなるのに、長い時間は必要なかった。
 呼吸を整えながらフィリップとセーラムをケントの元へ連れて行く。幼い二人はすぐにシャンクスから離れ、兄へ飛びついた。再び泣き出す。
「お兄ちゃあん……!」
「怖いよぅ……」
 しがみつく弟と妹を宥めながら、ケントの背筋にも悪寒が走っていた。ケントは彼らから少し離れた木の影から一部始終を見守っていたのだ。
 賊から救ってもらって、今何が怖いというのか。ケントは訊けなかった。いや、訊かなくともわかってしまっていた。
 返り血をわずかに浴びたシャンクスは、呆けたような顔と目で三人の兄弟を見下ろしていた。
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