I don't mind, If you forget me.

4

 シャンクス、ベン、ギーフォルディアの三人が、村の集落から離れた一軒家に居を移して二十日ほどが経過した。
 船医であるギーフォルディアはその間、何もしていないようでありながら、ひたすらシャンクスの様子を観察した。シャンクスはギーフォルディアに夢の話をして以来、一層ベンにくっついている。その目は時折探るようにベンを見ているので、彼なりに医師の言葉、夢の内容を解こうとしているのだろうとギーフォルディアは解した。
 ずっとシャンクスを見ていて、一つ気付いたことがあった。彼は船医とベンが会話をする時に船医が使う「ベンさん」という言葉を、どうやら認識していない。シャンクスはベンを「レン」と呼ぶが、音が似ているから聞き間違えているのではなく、まして彼が故意にそうしているわけでもなく、無意識にそうしているのだと観察の結果で結論付けた。
「それはつまり、どういうことだ?」
 シャンクスが深く眠っている夜、あるいは午前の早い時間、ギーフォルディアとベンはよく話していた。この時もそうだ。
「正確な所はわからんが、一種の自己防衛みたいなもんだろう、と思う」
「自己防衛?」
「そう。客観的事実はともかく、十四歳のお頭にはレンブラントって人物が必要不可欠なんだろう。理由はまあどうにでも付けられるだろうが、それは今はどうでもいい」
「それで俺がシャンクスにとってレンブラントに見えるってわけか?」
「思い込みなんだろうなあ。目なんて、見えてても見てるとは限らないから。これは五感のどれにでも当てはまるが」
 幾つかの事例を挙げようとしたが、止めておいた。ベンの表情があまりに暗いからだ。
「一応、あんたとレンブラントは違う人物かもしれないってことは匂わせておいた」
 船医は短くなった煙草をもみ消すと立ち上がった。そろそろ朝食の支度をする必要があったからだ。
「最近、よくベンさんのことをじっと見てるだろう。あれはお頭なりに、おれが言ったことを確かめようとしてるんだと思う」
「何を言った?」
「記憶喪失だということを告げた上で、真実を知る覚悟があるなら、いつでも訊きに来いってな」
 カップに視線を落としたままのベンの肩を軽く叩く。船医は照れたように頭を掻いた。
「レンブラントって奴のことがわからないと、納得はしてもらえねェだろうなっていうのはわかってたんだが、どうにも少々焦ってたらしい。ベンさんの時で待つのには免疫ができてると思っていたんだが。ま、咄嗟にだが良い機会だと思ったのも事実だ」
 急いては事を仕損じるとも言うのにな。呟きながら、船医は台所に立つ。
 そう。ベンが記憶を失った時にも待ったし、シャンクスが行方不明になった時にも散々待った。待つことには慣れていると、自惚れていた。ベンの時には、外的刺激(船員たちが彼に話し掛けるなど)によって自発的に戻った記憶も多い。しかし、今回は――あの時と、なんと違うことか。
 ベンの時と同様、シャンクスを乗せたまま航海を続けていても良かったのではないかと思う。多くの船員に囲まれ、話をするうち、思い出せることも多かったのではないか。
 今回は誰も終局的には副船長たるベンの「一時下船する」という意見に反論できなかったわけだが、それは何故か。船員たちからシャンクスを離さねばならない理由でもあるというのだろうか。
 細かく言うなら、ベンの時と状況は様々に異なる。ベンはすべての記憶を失っていたが、成人男性として振舞うことができたし、身についた習性によるものか、仕事のやり方も覚えていた。大まかな所を思い出すのも早かったから、海賊として、副船長として働くにも申し分なくなっていた。
 しかし、シャンクスは。十二年分の記憶をごっそりなくし、体だけは二十五のままでありながら行動は十四の子供となってしまった。剣はいくらか扱えるようだが、以前のままは期待できまい。
 ベンの立場に立って状況を見るなら、仲間たちにそんな姿を晒しておくのを避けたかったのだろう、と想像できる。それだけが理由ではないにしても、理由の一端ではあるだろう。他にも理由があるなら――ベンにはシャンクスの記憶喪失の原因を知っており、それを仲間が知るのは快く思わないか。あるいは、仲間が知るには不都合なことがあるということか。どんなことなのかはまったく想像もできないが、シャンクスに関わることには違いないだろう。
 サラダを作りながら、船医は溜息を吐いた。
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