それから自分がどんなふうに週末まで過ごしたのか覚えていない。
気がついたら夜になって、また気が付いたら朝になっていた。
不思議と腹は減らず、そのためほとんど何も食べていない。胃が空腹を訴えると、笑えるのだ。
火曜の夜――すなわちシャンクスが訪れた夜――あれだけ食べたと言うのに、何故腹がまた減るのかと。
何より笑えるのは、もう二度と顔向けできない、会えないと思っているのにも関らず、その気持ちと同じくらい、シャンクスに会いたいと願っている事。
幾度目かの夜の帳が下りても、ベンは薄ら寒い部屋で呆然と座り込んでいた。手にはバースディカードを持ち、虚ろな目でただ眺めていた。
そうしてどれくらいの時間が経ったのかわからないが、気が付いたらうたた寝をしていたらしく――半ば夢、半ば現という状態になっていた。
遠くの方で、どこかの家のチャイムが激しく鳴らされた音が聞こえたような気がしたが、それすら現実ではなかった。
「不用心だぞ」
黒い長コートを着た人物がいつ目の前に立ったのか、ベンにはわからなかった。気が付いたらそこにいた。
「……不法侵入だ」
訴えるぞと言っても肩を竦めるだけで、彼はベンを見下ろす。
いつも鋭い眼光は、この時だけ憐れみを含んでいた。
「呼んでも返事がないから死んでるかと思ったぞ」
死んでいたら警察か消防に連絡しなくてはならない。確認のために入ったのだと言う。
「そいつはご苦労さん……死んでないから気にするな」
大体あんたは学校どうした。力のない皮肉に、ミホークは口元で笑う。
「大学は試験期間だ。おれは今日終わった」
「優雅で結構なことだ」
「……風邪を引いているようには見えんな。仮病か」
優等生が珍しい。
ミホークの台詞に、言葉以上の意味はなかった。が、その分痛切な皮肉となってベンを打った。
「…………」
「…………」
返す言葉もなく俯くベンを、ミホークは戸惑ったように見下ろす。普段ならここで皮肉の応酬となるはずだった。
それすら気力がないということか。
ある意味風邪より厄介だ。ミホークの関われる範疇にないことが原因だろう。
「何にそこまで負けている?」
「あんたに答える義理があるか?」
「訊いただけだ。答えたくないなら答えなくていい。ただ、心配をしている者がいることだけ、伝えておくからな」
「…………」
「お前が思い悩むほど、えてして相手は悩まないものだ」
「……どういう意味だ?」
「さあ」
それくらい自分で考えろ。
そう言ったきりつれなく踵を返す背を呼び止める。顔だけ振り返ったミホークに、鍵を投げた。
「閉めたらガスメーターの所に入れてくれ」
危うげもなく受け取ると、手にした鍵を面白くなさそうに一瞥した。
「自分で閉めろ」
「勝手に入って出ていくなら、それくらいしてくれ。かけたらガスメーターの影に置いてくれればいい」
寝返りをうつとミホークへ背を向けた。大きな溜息を聞いた気がしたが、聴覚が錯覚したのだと思い込む。
遠くでドアと鍵が閉まる音を聞いた。
そうしてまた、一人になる。
思い悩んだ所で何も変わらないことは承知している。だが何をすれば状況が変わるのかもわからない。
シャンクスと顔を合わせるつもりもなければ、謝るつもりもないのだ。
謝ってはいけない。彼に許すつもりがなくても、謝ってしまえば憐れんで許してくれるかもしれないから。
それは駄目だ。許されたくないわけではないが、彼の意思をねじ曲げるつもりはない。
なかったことにしてくれと頼むのも、虫が良すぎる。いや、彼に言われたらどうすればいい?
なかったことにするから気にするな、と。
男に強姦された彼の心情を思えば、そうやって気持ちを落ち着けるのが一番かもしれない。しかし――たとえ無理矢理だったにしても、彼を想う気持ちに嘘はない。
今まで押さえられた衝動だ。これからも押さえられると思っていたが、案外自制心は脆かった。
少しだけ後悔している。気持ちを伝えるのがあんな方法しか取れなかったことを。
けれどしたこと自体を悔やんでいるわけではなくて。
「……やっぱり、馬鹿だ……」
いっそどちらにも後悔できて彼に謝れたなら、楽になれたかもしれない。少なくとも自分だけは。
卑怯者になりきる狡さも自信も持っていない自分を力なく嗤うと溜息が漏れた。
救いようのない馬鹿だと思った。