Winter Waltz

6

 目が覚めた。ということは、寝ていたのか。
 寝起きで半分機能が低下している頭で逆説的なことを思いながら、昨夜のことで頭が真っ白になる前に、携帯の着信を受けた。どうやら着信音で起こされたらしい。
 見覚えがあるようなないような電話番号の相手は、クラス担任の教師だった。
 からだの調子でも悪いのかと聞かれて、手近にあった置時計の時間を見れば――10時過ぎ。
 完全に、遅刻だ。
 しまったと思ったが、当然、学校などに行く気力などあるわけがない。
 少々わざとらしく体調不良と風邪を引いた旨を伝えると、寝起きの掠れ声も手伝ってか――あるいは日頃の行いの賜物か、教師は大した疑いも持たずにベンの言葉を了承し、あまつさえ「お大事に」などと言って電話を切った。こんな時、優等生という立場はいいなと不謹慎にも思った。
 電源も切り、枕元に落とす。それが合図だとでも言うように、昨晩のことが脳裏に蘇る。
(取り返しのつかない事態っていうのは、こういうことを言うんだな……)
 鼻で嗤って自嘲しても、すぐに頭に浮かぶのは彼の――シャンクスの、顔と、声と体。
 思い出しただけで反応しそうになる自分の体の正直さを嘲りながら、再びベッドに転がり、枕を抱いた。
 後悔するとわかっていたはずなのに、勝手なものだ。
 シャンクスがすでにこの家にいないだろうことはわかっている。人の気配がしないから。
 目を瞑り、深く呼吸した。指先の震えを、どうしても押さえることが出来ない。握りこんでみたが、拳が震える始末。
 後悔など、いくらしてもしたりない。
 なぜあんなことを言ってしまったのか。
 なぜあんなことをしてしまったのか。
 そもそも何故今まで押さえられていた気持ちが押さえられなかったのか。
 ――堂々巡りに悩み始めるとキリがない。
 いや、これは悩みなどという高尚なものではない。言い訳だ。見苦しくも自分がとった行動、言った言葉の理由を誤魔化そうとしているだけだ。
 浅ましくも見苦しい―――言い逃れに違いないのだ。
 何故あの時あんな事をしたのかわからないと言いながら、本心を晒すことに怯えているだけ。その証拠に、すると決めた後は迷わなかったではないか。
 小さく溜息して、洗面に立つ。もう一度寝直すにしても、一度顔を洗ってスッキリしたかった。
 脱ぎ散らかしたままの衣類はまとめて洗濯機に叩き込んだ。


 狭い洗面所での洗面を終わらせてさっぱりして居間に戻ってくると、大きな紙袋に気が付いた。見覚えはあるが、それは自分のものではない。シャンクスが昨晩、持ってきたものだと気付き、戸惑う。
 ふと、紙袋に貼られたカードに気付いた。
 そこに映っているのは、幼い頃の自分と、シャンクス。何をして遊んだ後なのか、泥まみれになって、肩を組んでこちらに全開の笑顔でピースしている。帽子の色が緑だから、きっと引っ越す前、年長組の頃の写真を使ったのだろう。
 懐かしさに惹かれてカードを手に取り、何の気なしに裏返してみて――ベンは激しく動揺した。
 シャンクスがここに来た理由がそれだとしたら―――自分はなんと愚かだった事か。
 そこにはたった一言だけが記されていたのだが、そのたった一言がベンを打ち負かし、泣かせた。

"Happy Birthday, Beck"

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