――人の気も知らないで…!
掴まれていた腕を掴み返して、力任せに引き寄せ、胸に抱きしめる。
「べ……ベン?」
戸惑うシャンクスの声も、ベンの耳には届いていない。
心臓が耳の近くにあるように、心音が大きく聞こえる。
柔らかな香りは、自分が使っているのと同じリンスのもの。そして、石鹸の。
(――ダメだ……っ、)
感情と理性と体が、まったくバラバラになっていて、止められない。
ヤバいとわかっていながら、行動は暴走する。
頭の片隅で理性が最後の抵抗をしていたが、やがて衝動に飲まれる。
きっと後悔するよと理性が囁く。
いつだって理性は警告を発してくれていた。いつでも自分の安全のために、ブレーキをかけてくれた。なのに今は、理性での歯止めが効かない。
ああ、必ず後悔するだろう。それでも、一度堰を切ってしまった衝動は、もう押さえることなど出来はしないのだ。
クリスマスの時は押さえられたのに。その前も。さらにその前も。何故、今日に限って押さえられないのか。
弱い自分に腹が立つ。
けれどもそれ以上に、彼に触りたくてたまらない。触りたくてたまらないのだ。
今離せば冗談で済ませられるだろう。しかし理性の最後通牒を、感情は無視してしまう。
「ちょ……ッ、ベンッ?!」
腰と頭を支えながら床に押し倒し、なんだよどうしたんだよと聞いてくる五月蝿い口を、同じく唇で塞ぐ。
あまりに突然のことに、シャンクスは反射的に彼の腕を掴んで押しのけようとするのだが、引力に逆らう上に筋力でも負けているらしく、敵わない。
ベンを退かそうと、或いはベンから逃れようとして必死になっているシャンクスの隙をついて、ベンの舌がシャンクスの口内へ侵入を果たす。
「んッ……ンンっ」
柔らかく暖かな舌の感触に驚いたのだろう、シャンクスは身を竦め、直後抵抗にいっそう力が加わった。
ベンは抗うシャンクスの、自分よりは幾分細い手首を掴み、少し上体を起こしてやって、片手で彼の両手首を後ろ手にまとめて封じる。そして素早く自分の綿のベルトを外して引き抜き、手首に巻きつけて固く固定した。
「オマエ、何すんだよ! 外せよ、冗談に……ッ」
言葉は最後まで言わさず、再び強引なキスで封じる。
今はもうシャンクスの、どんな言葉も聴きたくなかった。
シャツの裾から手を差し入れ、じかに肌を触る。暖かな肌は、ベンが知っているどの女の肌より滑らかで、硬い。しなやかな筋肉の硬さだ。
片手でシャツとセーターを胸元までたくしあげ、もう片方の手で胸元を弄る。唇は、封じたままで。
なだらかな胸の先に触れると、怯えたように体が震えたのが伝わった。唇を解放して、指先で弄んでいる場所へと舌を移す。
「ベン、やめろって……!」
なんとか逃れようと上半身をそらすが、たいした意味はなさない。ベックマンは片手でシャンクスのジーンズのボタンを外し、ジッパーを下ろし、下着ごと乱暴に脱がせる。
独り言のように、言葉が漏れた。言い訳だと、自分でわかっている。彼に聞かせてどうするつもりなのか。贖罪のつもりか?――内心で自嘲しても、止まらなかった。
「アンタに触れて……俺だけのものにしたいと思ってた。……ずっと、前から」
「…………」
決して己を見ようとしないベックマンの目を、シャンクスは抗うのを止めて見つめた。
濃紫紺の瞳に、暗い翳を見る。
いつから彼はこんな目をしていた?
何をそう、鬱屈することがある?
澱のように心に溜める前に、言って欲しかった。
「そんな……まっすぐな目で俺を見るなよ。耐えられねェよ……」
「……ッ!」
敏感な所に直接指で触れ、逃げを打つ体を、腰を掴んで捕まえる。
後戻りはもう出来ないだろう。だとすれば、シャンクスを逃がすつもりはなかった。
「傷つけたいわけじゃ、ねェんだ」
膝を膝で割って、強引に足を開かせる。
言葉と行動は、哀しいほど裏腹だった。
「暴れるな、っていうのも、無理な話だろうな……」
けれど、優しくする余裕もないのだ。
どんなに言葉を尽くしても、今の状況では己の行動を正当化する言い訳にもならない。口許を歪めて自嘲した。
馬鹿だ。
どうしようもなく馬鹿だ。
己の愚かさ加減には、己で愛想が尽きている。こんな人間を必要とする者など、いないだろう。――けれど、愚かな己は求めてしまう。
「どうしても、アンタが欲しくてたまらなかった。誤魔化しに女抱いたって、ダメだった。……アンタじゃなきゃ、ダメなんだ……」
抱えた太腿の内側に、きつく歯を立てて口付ける。薄ら紅い跡が残り、指先で触れた。
「――謝らねェから」
その代わり、赦してくれとも言わないから。
床に横たえた体に覆い被さり、強く抱きしめる。
どこかで場違いな音楽が鳴っているような気がしたが、現実だったのかはわからない。
その後、ベンがどんなことをしても、シャンクスは決して止めろとか放せとか嫌だとか、抵抗の言葉を口にしなかった。
ベンの手で無理矢理イかされた時も、指が後庭を弄った時も、熱い欲望を無理矢理突き入れられた時ですら、非難めいた言葉は一切吐かなかった。ただ目をかたく瞑り、歯を食いしばり、堪えているように思えた。
そのこと自体が抵抗なのかどうか、ベンにはわからなかった。