その黒猫は、表通りをいつも威風堂々と歩いた。たとえ毛の色が不吉だからという理由だけで忌み嫌われ、歩く時に水平にしている尻尾が曲がっているのが変だと言って石を投げられても、黒猫は他の野良猫と群れる事もなくただ一匹、悠然と町を歩いた。
黒猫に優しくする人間などいなかった。石を投げこそすれ、餌を与えるような人間もいなかったので、猫は自らの力で生きる糧を得なければならなかったが、慣れた今となっては苦ではない。誰かに優しくなどされたこともない猫は孤独だったが、それを寂しいと思うこともなかった。
それが当り前だったから。
当り前の事に、誰も疑問なんか抱かないものだろう?
―――それが崩れたのは、ある月夜。チェシャ猫のように嗤う月の夜のこと。
「…こ汚いなー…オマエ」
冬の夜道、目が合ったのはバサバサの毛の黒猫。尻尾は少し曲がっている。街灯が傷だらけのその体を照らしていた。猫は初め、赤毛の人間を胡散臭そうに見上げていたが、あまりにじっと見られるので居心地が悪くなったのか、じりじりと後ずさり始めた。
電柱の影に隠れ、逃げようとした猫を素早く抱き上げる。腕の中で暴れる猫を、それでも構わず抱きしめた。
「何オマエ。ひとりが好きなタイプ?」
じゃあ今のオレと一緒かもね、と嫌がる猫をそのまま寝床へと連れ去った。
猫はそれから何度でも逃げた。けれど彼は何度でも黒猫を見つけては寝床へと連れ帰った。
「黒毛は好きなんだよね」
連れ帰るたび猫にそう言っては優しく撫でた。赤毛は知らなかったが猫にとってそれは産まれて初めて与えられたぬくもり、優しさだった。
「アンタも物好きだな」
わざわざ懐かない猫を飼おうとするなんて。
猫と同じ毛色の人間がいつか赤毛にそう言った。赤毛は笑って否定する。
「飼うんじゃねェよ」
「じゃ、なんだ?」
暴れる猫を床に下ろしてやり、代わりにソファに座る黒毛の膝に横座る。鎖骨の辺りに頭をすりつけるようにして抱きつく。
「友達になろうと思ってね」
「…いよいよ物好きだな。まァ似たもの同士に近い気もするが」
「うるさいよ」
でも毛色と瞳の色はオマエと一緒だよ、と抱き上げた猫を黒毛の前に見せる。互いの目に映る暗海色に黒毛の男は苦笑しながら猫の爪を避けた。