rainy days

red

 畜生、畜生! 馬鹿野郎! ふざけんな!
 
 走りながら何度も何度も罵った。自分になのか、赤髪になのか、ゾロになのか。誰へ向けていいのかもわからない罵倒の言葉を脳内で吐き散らし、サンジは病院への道を走った。以前走った時は、ひたすらゾロに向けて馬鹿野郎と言っていた。空腹と貧血で倒れるなど馬鹿の極みだ、と。しかし今は――今は。
 見知らぬ番号からの着信を受けたのは、午後の授業が終わった時だった。知らない番号からの着信を取ることはないと無視していたが、留守録音の内容は無視ができなかった。
 見知らぬ携帯番号の主は、赤髪だった。何故あの男が自分の番号を知っているのかと疑問に思う間もなく、吹き込まれていた内容に仰天した。
 ゾロが、入院。――しかも危篤。
 続いて告げられた病院は、奇しくも以前ゾロが入院したのと同じ病院だった。そのことを知るが早いかサンジは教室を飛び出し、病院へと脇目も振らずに駆けた。
(入院って。危篤って、一体何故……どうして)
 持病があるなど聞いたことがない。健康そのものだった男だ。それとお隠していただけで、大病を患っていたのか。いや、事故のほうが可能性としてはありえる。
 もっと早く、早くと気ばかりが先行し、体が追いつかない。自分の体はこんなに愚鈍だったか。切れた息をなだめるのに両膝へ手をつき、体全部で呼吸を整える。こうしている時間すら惜しい。
 危篤なんて嘘だろう。誰か嘘だと言ってくれ。俺は信じない。信じない。
 信じていないから、この震えは気のせいだ。言い聞かせると、サンジはまた駆け出した。病院はもう、見えている。
 
 
 
 
「どういうことなんだよ!」
 病院の入口で出くわした赤髪に連れ込まれたのは、個室の病室だった。ゾロは隣の個室で眠っているという。院内での大声での会話は憚れるが、ここでなら多少は大丈夫だろうと赤髪が言って寄越したのに甘んじて、詰め寄った。椅子に腰掛けた赤髪は、小さく肩を竦める。
「ここしばらく、オレは狙われてた。相手は誰だかわかってたんだが、尻尾が掴めなくてな……普段通りにしていても死ぬ気はなかったが、幹部にすっこんでろと言われて強制的に自宅じゃなくてベック――おまえは何度も会ってるな。あいつの自宅マンションに閉じ込められてたんだが。そこを抜け出た時にたまたまロロノアに会った。今回の件に関しては、ロロノアがマンションへ訪ねてきてくれて、玄関で話し込んでいる時に向かいのマンションから狙撃された。狙いはオレだったはずだが、ロロノアに当たったのは狙撃手がヘボだったのかロロノアが庇ってくれたのか……判断に悩むが……そういうわけだ」
「……撃たれたのか」
「ライフルで一発。それ以上は、オレの周りを張っててくれた仲間が許さなかったらしい。当たったのは腹で、予断を許さない状態だ。手術は昨日のうちに終わっているが……もっと早くに連絡できりゃよかったんだが」
 後始末をつけるのに追われていたのだと、赤髪は弁解してくれた。
「撃った奴は? 捕まったのか?」
「警察に、という意味ではノー。オレたちに、という意味ならイエス。ベックやヤソップが締め上げてるだろうよ」
 警察に捕まったほうが良かったかもしれない。怒りに震えているサンジが一瞬でもそう思ってしまったほど、赤髪の笑みには迫があった。
 迫を緩めると、赤髪は表情を変えた。
「おまえに連絡を入れたのは、しばらく面倒を見る奴がいるだろうと思ったのと――心配するだろ? いきなり何日もアイツと連絡取れなくなったら。おまえだけじゃなく、ルフィやエース、他の友達なんかもな」
「…………」
「警察の取調べが終わったら、オレは予定通りに海外へしばらく行くから。その間に、しっかり掴まえておくんだな」
「……余計なお世話だ」
「年寄りってのは世話ァ焼きたがるもんなんだよ」
 赤髪が笑うと、話の途切れを窺っていたようなタイミングでノックがされる。誰何と許可を得て入室したのは、いつも赤髪の隣にいる男だった。
「吐いたか?」
「吐いた。証拠ともども、今は警察だ」
「ご苦労さん」
「ああ。……隣の面会謝絶は外したと、今ドクトリーヌから伝言を受けた」
「……人のを気軽に使ってくれるなァ、あのバァさんも……。まぁいいか。ああ、サンジ」
「あ?」
「ロロノアの治療費や入院費用、慰謝料もなんもかも、全部オレが負担するからって伝えておいてくれ」
 ひらひらと手を振って出て行こうとする赤髪を、サンジは慌てて呼び止めた。
「なんだ?」
「あ……あんたは会って行かねェのか」
「ああ、会わねェ。水を注すつもりもねェよ」
 口元だけ笑みに歪めると、赤髪は今度こそ部屋を出て行った。その背を見送りながら、サンジはしばらくぼんやりしていた。
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