本当に、あのクソオヤジと出会って以来、ろくなことがない。
心の中であらん限りの罵声を赤髪にぶつけると、ゾロは深く溜息を吐いた。
あの男と出会ったのがケチの付き始めだ。掘られるは、入院するは、サンジの様子がおかしくなったと思ったら喧嘩腰に告白されるは……。激動といえば激動。どの道、望んだことではないので煩わしさに変わりはない。
そう、そもそも赤髪が悪い。どういうつもりなのか、食事を奢ってくれたのはありがたくても、その後の行動がまったく理解できない。
ゾロは決して華奢ではない。体つきなどはがっしりしているし、目つきなど鋭いほうだと自覚している。それを好き好んで、と思う。何が楽しかったのか。
抵抗しきれなかったこちらにも非はあったか、とは思う。一方的に被害者ぶるのはぞっとしない。頑張って抵抗すれば抵抗しきれたはずだと思うからだ。だからといって合意ではありえないが。
鍵を返してもらった日、聞いておけば良かったかもしれない。どういうつもりだったのかと。
(……訊いて、どうすんだよ……)
頭を抱え、テーブルへ突っ伏す。
昼飯時をとうに過ぎた食堂は、授業中ということもあり、生徒はまばらで閑散としていた。静か過ぎる図書館より、徒然を考えるには向いているかと思ったが、大差はなかったかもしれない。
暖かな日が差し込む窓を、ぼんやりと眺める。
あれから十日、サンジの顔を見ていない。同じ大学に通っているとはいえ学部は違うし、重なる授業はない。考えてみれば、いつもはサンジが何かと理由をつけてゾロが履修している授業へ侵入していたのだった。
広い校舎は、待ち合わせを決めない限りは偶然出くわす可能性も低い。
(…………おれに、どうしろってんだ)
半ば捨て鉢な気持ちで思う。わざと会わないことで、何か期待しているのか――単に顔が合わせづらいだけなのか。それとも、何かを待っているのか。あるいは怖れているのか。
「よ、ロロノア君。元気ねェみたいだけど、どうかしたのか?」
軽く頭を叩かれたのに驚いて見上げれば、トレイに食器を載せたエースが笑っていた。サンジではなかったことにほっとしつつ、惜しいようにも思った自分に気付き、慌てて誤魔化すように体を起こすと不機嫌に「別に」と返した。
「不機嫌だなァ……今日はサンジはいねェんだな」
エースが口にした名に反応しないように顔を背けると、セルフサービスかつ無料で幾らでも飲める茶を飲む。エースは何故か苦笑すると、ゾロの隣へ腰掛けた。
「ま、訊かないでおくけど。そういや、ルフィあたりから聞いたか?」
「? ここんとこルフィとは会ってねェ。何を?」
「そっか。じゃあ俺が言ってもいいかな」
ずるずるとチャーシュー麺を美味そうにすすりながら、エースは器用に話を続ける。
「シャンクスさ、当分海外に行くんだと。どれくらい行くのかは聞いてねェけど……ひょっとしたらもう戻らねェみたいなこと言ってたな」
「……は?」
「身の回りがゴタゴタしてきたんだと。あのオッサンはあの通りの性格だから全ッ然気にしてねェんだけど、周りはそういうわけにもいかねェだろ? 一応、一家の長なんだし。だからゴタゴタが収まるまで、中心人物は海外にでも行っておけと、そういうことらしい。まぁシャンクスはいても騒ぎをでかくするだけで、収めはしない気もするし正解だろ…………って、ロロノア君?」
勢いよく立ち上がったゾロを、エースは不思議そうに見上げる。視線やエースの不審などに構わず、ゾロは自分のバッグを掴むと食堂を飛び出していた。