――ああ、畜生。全部あの野郎が悪い。
毒づくと、短くなった煙草を自分専用の灰皿へ押し付ける。苛々と視線を走らせるが、部屋の主がどこにもいないのは三十分前からわかっていた。
ゾロがバイトに行っている、とはわかっている。不在はそのせいだと。帰りが遅く感じるのは、苛々しているせいだ。
今日のバイトはたしか二十四時に終わる。引継ぎや着替えをしたら、家に戻るのはだいたい半を回る。気まぐれにコンビニへ寄れば一時近くにはなるだろう。
己へ言い聞かせるのに何度も何度もゾロのとりそうな行動を上げては煙草を吸い、携帯へ目をやる。デジタルな時計は二十四時半を回っていた。紫煙を溜息交じりに吐けば、コタツの上に置いたビニル袋がかさかさと音を立てる。中身は煮物と、ヒジキを炊いたものだ。
わざわざそんな言い訳を用意してまで自宅へ押しかけた自分は、ひどく滑稽だ。言い訳をいちいち用意しなければ、堂々と訪れることもできないのか――いや、言い訳はやましさゆえに過ぎない。いきなりやってきて、質問だけ浴びせて帰るなど、できるはずがない。そこまで器用ではない――というより、言葉を選んで会話し、訊きたいことをその中へさりげなく織り込むと言う芸当は、今のサンジにできることではなかった。
煮物は、ゾロの好きなレンコン、こんにゃく、大根、人参に鶏肉が入っている。ヒジキは大豆とシーチキンを合わせて炊いた。ギリギリだと思いながらも、薄味のそれらはやはりゾロの好みを第一に考えて作ったもの。給料日前だからろくなものを食べてねェだろとでも言いながら渡してやれば、眉を寄せながらも喜んでくれるに違いない。その後でさりげなく「そういえば」などと言って軽い調子で訊く。いつものあの調子だ。できないはずがない。
デジタル時計は二十四時四十分を過ぎた。
ゾロが帰ってきたら、普段と同じ調子で「よう」と声をかける。こんな時間にどうしたと言われたら、昼に作った夕食のおすそ分けだといってやる。
大丈夫。後は落ち着くだけだ。
静寂の邪魔をしない、一定の調子を保った足音が錆の浮いた階段を上ってくる音が聞こえた。二十六段と五歩で、きっとこの部屋のドアが開く。
忙しなく煙草を揉み消し、窓を閉めた。多少煙草が篭るが、外から帰ったばかりのゾロをさらに寒がらせるわけにはいかない。
足音が近付くにつれ、心臓は今にも壊れんばかりに脈打つ。
大丈夫、大丈夫――
言い聞かせるように息を深く吸う。
五歩目の足音が、ドアの前で止まった。