rainy days

wistaria

 サンジの様子がおかしいことなんて、とっくに気付いていた。
 怪我を負ってサンジの家に行ったあの夜。いや、正確にはそのまま泊り込んで起きた朝だ。
 ゾロが目覚めたのは朝食の匂いが立つ頃。目覚めると腹が鳴り、昨晩あれだけ食べたのは幻だったのかと自分を疑ってしまう。
 毛布から這い出ると、寝室と続きになっているリビングへ出た。低いテーブルの上には、既に何品かが並んでいる。
「起きたのか」
 そう言って振り返ったサンジの顔は――ひどかった。思わずギョッとして後退ったほどだ。しかし本人に自覚は無いらしく、怪訝な表情でゾロを見つめている。
「ぼさっと立ってねェで、顔でも洗ってこい。飯、すぐに食えるから」
「あ、ああ……」
 身支度がすっかり整えられているのはいつものことだが、赤くした目、その下の隈、憔悴した表情。昨晩はあんな様子ではなかった。怪我に呆れ、嘆いているふうではあったが、普段と違うようなところはなかったと思う。眠れなかったのだろうか。
 眠れなかったといえば、こちらもずいぶん悪い夢を見た気がするが、目を覚ました途端に忘れてしまえただけ平和だ。
 顔を洗ってさっぱりしてリビングに戻ると、サンジが待っていた。その向かいに座り、手を合わせると食事が始まる。和食の朝食はゾロが好むもので、そういえばこの部屋に泊まると朝食は和食以外を食べたことがないと今更気付く。

「サンジとは、まだやってなかったんだな」

 不意に赤髪の言葉を思い出し、眉間に皺が寄った。美味い飯を食いながらは絶対に思い出したくない男のことなのに、よりによってこんな時に思い出さずとも良かろうものを。
「口に合わなかったか?」
「あ?」
「おひたし」
「あ……」
 慌てて首を振った。
「いや、美味い。ちょっと、厭なこと思い出しただけだ。悪ィ」
「そうか? ならいいけどよ」
「不味いっつっても、口のほう合わせろって言うだろ」
「……まぁな。俺が作る飯が不味いわけがねェ」
 ようやくいつものサンジの顔で笑う。それにほっとしながら、ゾロもつられるように笑った。心の中ではてめえと一緒にするなと罵ることを忘れなかった。てめえのせいでこいつのことも心配しすぎちまっただけだ。そう思って、終わるはずだった。
 
 
 
 ところが、やはりサンジの様子はどこかおかしかったのだ。
 大学に行って講義を受けてもぼうっとしていたらしいし(これはサンジと同じ学科の友人の談だ)学食で昼食を食べても、いつものような文句も飛び出ず黙々と食べ終える。
 風邪を引いたわけでもなさそうだし、他に具合の悪いところもなさそうだ。どうにもちぐはぐな言動を不審に思い問いただしても「なんでもない」と言い張るばかりで、取り付く島がない。
 どうにかできるものなら、どうにかしてやりたい。その程度の情はある。しかし差し伸べた手を拒絶されては、次にどうすればいいのかゾロにはわからない。
 何かあったとすれば、ゾロが眠っている間だろう。眠りにつくまではいつも通りで、起きたら様子がおかしい。とすれば、少なくともゾロが眠っている間に何かあったということだ。しかしどんなことがあったのか、就寝していてわかるはずがない。問うてもかわされるなら、ゾロにできることなどあるはずもなかった。
 これも全部、あの男のせいだ。
 理不尽な苛立ちを赤髪にぶつけ、ゾロは深い溜息を吐いた。
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