実際、エースに助けられたのは僥倖だった。命を助けられた、ということに関しては、だ。
あの時性質の悪そうな連中の因縁に応じかけたのは、捨て鉢な気分だったせいもある。連中を追い払った後、エースは苦笑しながらゾロに言ったのだ。
「命を無駄にするようなことをすんな」と。何があったのかは知らないが、と付け足して。
そう言って乱暴に頭を撫でてくれた。その手に深くにも安堵したのは事実だ。そうして泣き出しそうになったのを必死に堪えているゾロを見ていられなくなったのか「ちょっと待ってろ」と言い置いてしばし姿を消し、次に現れた時はいつもの白いスリーブレスのシャツとカーゴパンツ姿のエースだった。
「あんた、バイト……」
「弟の友達とはいえ、そんな顔してるやつ放っておけるか。おにーさんで良けりゃ、話し相手になるよ」
「…………」
「とりあえず、飯食おう。おごるからさ。腹減ってるだろ?」
弟と同じ、太陽な笑顔に逆らえず、手を引かれてエースご推薦の中華屋へ行った。いつもなら誰かが冗談でも手を繋ごうとしても放すが、この時はできなかった。よっぽどどうかしていたのだろうと思う。そうして遠慮すんなと言われて本当に遠慮なく、たらふく食べた。
食事の後は深夜まで開いているファーストフードに連れて行かれ、そこでゾロは話した。誰にも話すことはないと思っていた、赤髪のことだ。
もちろん肝心の部分はぼかして話したけれど、しどろもどろで変なふうになってしまったからばれたかもしれない。けれどエースは厭な顔もせず、真顔で聞いてくれた。話してみると思いがけず文句ばかりだということに気付いた。今まで腹の内に溜めていたのだから、当然といえば当然かもしれないが。
聞き終わると、エースは微妙な顔をしていた。どうかしたのか、あるいはやはりこんな愚痴は不快だったのかと不安になったが、そうではなかった。エースはあの赤髪を知っているという。ゾロもこれにはたまげた。
「左目ンとこに三本傷があって、髪は赤くて左腕は無ェんだよな? じゃあ、間違えようがねェなァ……」
「知り合いだったのか」
「知り合いっていうか」
ずるずるとコーラを飲むと、耳のあたりを人差し指で掻く。
「ルフィの、命の恩人」
加えて遠縁。
ゾロは目と口を一杯に開いて驚いた。かつてこんなに驚いたことはないというほど驚いた。世間は狭いとよく言うが、これは狭すぎやしないか。そしてゾロはここでようやく、あの赤髪の名を覚えた。シャンクス。それがあの男の名前だという。
「色々ヤバいことしてるみてェだし、親戚連中にはあのオッサンのことあんまりよく思ってねェ連中も多いけど、俺ら兄弟のことは面倒見てくれたよ。俺たちも懐いてたな。左腕、利き手だったんだけど、ルフィ助けてくれた時に斬っちまってさ――ま、昔話は関係ないか。あのオッサンがとんでもねェ自己中で、強引で巻き込み型なのは知ってる。左腕ン時も、親戚は誰も同情しなかったくらいさ。ルフィは滅茶苦茶泣いてたけど、快復してからもあのオッサンはあのまんまだったからなァ。同情は、するよ」
溜息を吐くと、ゾロの頭をキャップごとわしわしと撫でてくれた。
「――災難だったな」
まったくだ。
頷いて温くなったコーヒーをすすった。愚痴を吐いたおかげで気は晴れたが、一方でまだもやもやしたものが残っていることが、ゾロを戸惑わせた。形が見えないだけに得体の知れない化物のようだ。この化物のこともエースに告げるべきか悩み、結局は言えないまま店を出、サンジのマンションへ向かった。