rainy days

coralred

 最後まで抵抗できなかった理由を、ゾロは知らない。考えもしなかった。赤髪は知っていたかもしれないが、理由を問う気にはならない。
「入れよ」といわれ玄関までは入ったが、ゾロはスニーカーを脱ぎもせず立ち尽くしていた。赤髪は何も言わず奥に引っ込むと、左の袖をひらひらさせながら戻ってくる。
「これだろ、お目当ては」
 放って寄越されるものを慌てて受け取る。キィホルダーすらついていない鍵は、多分記憶にある自室のものと同じだ。
「乾燥機の中に落ちてたから、乾かしてる間に落ちたんだろ。気付かなくて悪かったな。――でも一週間も経ってるのに、その間はどうしてたんだ?」
「ずっとダチんとこにいたから」
 間の二泊三日は病院だったが、それは言わずにおいた。この男との出会いを思えば、馬鹿にされることはなくともまた笑われるのは間違いない。それは願い下げだ。
「面倒見のいい友人がいてよかったな。あいつもずいぶんおまえを気に入ってるみたいだし」
「? あいつ?」
「サンジ。ダチなんだろう?」
「なんで知ってんだ?!」
「おまえを連れてったレストランの本店で働いてるだろ。馴染みなんだ」
 たしかにサンジはレストランの料理人をバイトでやっている。あのレストランに連れて行かれた時にも赤髪はオーナー(本店の総料理長だ)を知っているふうだった。とすれば、たまに給仕もやるというサンジを知っていてもおかしくはない――かもしれない。
 だからといってゾロとサンジが友人であることまで知っている理由には足りないはずだが、ゾロはそこまで考えなかった。考える前に、次の一言に吹っ飛ばされたのだ。
「サンジとはまだやってなかったんだな」
 顎をさすりながら、にやにやと下卑た笑いを浮かべる。一気に血が上った。
「て、てめえと一緒にすんな!」
「誰を? おまえを? サンジを?」
 ゾロは沈黙した。赤髪は人の悪い笑みを見せたままだ。睨みつけてやっても、たいした威力はない。この男はどうしてそんなところまで知っているのだ。混乱するゾロに赤髪は言う。
「用が済んだなら、帰りな。またやられにきたわけじゃねェんだろ、小僧」
「あ……当り前だ、エロ爺!」
 反射的に罵倒すると「二度と来るか!」と言い捨て、部屋を出るとドアを壊す勢いで叩きつけた。あんな男にこれ以上関わるものか。胸の中で何度も罵倒し、足早にマンションを立ち去った。ランニングのコースも変更して、この近くには絶対寄らないことにしよう。あの公園にも行かない。
 その時は本当に、二度とそこへ行くつもりはなかった。
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