男は女の子に比べて勘が鈍い、という話を、以前誰かから聞いたように思う。もしかしたら勘の鋭い女の子の中でも特別に鋭い、ナミさんから聞いたのかもしれない。
俺は、特に勘が鋭いという方ではない、と思う。けれどもさすがに、好きなヤツの事ともなれば嫌でも気付く事がある。
第一にまず、アイツは格段に鈍い。どうしようもなく鈍い。鈍感もいい所だ。誤魔化し方もヘタだ。だから気付くのかもしれないが。けれどアレは犯罪級の鈍さだろう。
俺が気付いてないと思っているだろうか。だとしたら俺の誤魔化し方も相当なもの…じゃなくて、単にアイツが鈍いからわかってないだけか。
気付かないわけがないだろう。
食事中も、何か食べるごとにボーっとして、いきなり我に返ったと思ったら赤面してたりして。
それで何もなかったって思わない方がどうかしてる。
俺が居ない間に、何かあった。
そりゃあまず、間違いない。
でも、何があった?なんて聞けるわけがない。誰の事を考えてた?なんて。好きなヤツでもできた?なんて、冗談半分にでも聞ければいいんだろうが、生憎それが出来るほどの余裕はない。…俺が勝手に惚れてるだけだ。あいつに気持ちを打ち明ける勇気すら持てないでいる。
俺とアイツは友達だ。ちょっと仲のいい、友達。それでしかない。
だから、聞けない。
だけど、聞きたい。
気付かないフリをするのが優しさだと思う。アイツが退院してから数日しか経ってないけど、実際そうしてきたつもりだ。
傷つけるつもりはない。
負担に思って欲しくはない。
けれど、アイツが俺以外の何かに気を取られているなんて(しかもふたりで会っている時に、だ!)。止めてくれと叫びださない自分がいっそ不思議だった。
片思いなんてガラじゃない。
けれど、アイツに対してはどうしても臆病になってしまう。何故だかはわからない。過去にこんなことはなかった。
野郎の一挙手一投足にビクついている自分は可笑しい。しかも決して華奢ではない、ゾロのようなゴツい男に!イカレちまったとしか思えない。自分の頭が。
だってほら、今俺はこんなに動揺している。
たかだかアイツのアパートに遊びに来て、アイツがいなかったくらいで。たかだかアイツが携帯を部屋に忘れてどこかに行っちまってるくらいで。
昨日、店に来た赤髪のクソオヤジ――常連客の中でも嫌な客の部類に入る――が変な事を言うから、余計に気になる。
「おまえの友達、ほら髪の毛が緑の奴いるだろ?」
「…なんで知ってんだよ」
「会ったことあるからに決まってるだろが。あいつ、けっこう面白い奴だな」
「………」
「反応がいちいち、可愛い」
あの、笑った顔の厭らしさ!
ゾロに何かしやがったのかと、店じゃなければ殴ってでも問い詰めたかった(実際凄まじい顔をしていたらしく、厨房に戻ったらクソジジイに「しばらくホールに出るな」と言われた)。
ゾロの変化が、もしあのクソオヤジのせいだとしたら――ああ、考えるのも嫌だ!
そんなことがあってたまるものか。
あのクソオヤジは昔から人をからかうのが好きだった。
それだけだ、ただそれだけだ―――。