rainy days

carmine

「ごっそさん。近所だからまた寄らせてもらうよ。オーナーにもヨロシク言っといてくれ」
「ありがとうございました」
 頭を下げる店員に背を向け、一足早く店外に出ていたゾロに手を上げた。
「おう、待たせたな」
「いや…あの」
「ん?」
「…ゴチソウサマデシタ」
 ぎこちなく謝辞を述べて頭を下げる緑髪をきょとんと見下ろし、次いで赤髪は笑った。
「気にすんな。なんでもねェよ、これくらい」
「や…でも」
 ゾロの言葉を手で制して、
「いいって。礼は一度言えば充分。それよりお前、シラフだろ?」
「え?…ああ、まあ、そうだけど」
「だよな。見たカンジからして酒に強そうだもんな。じゃ、飲み直そうぜ」
「いや、おれは…」
「あんな上品なトコじゃ酔えねェだろ?オレも酔えねェんだ、肩がこるだけで」
 だから付き合えと笑って肩を叩かれ、断りきれないまま赤髪に腕をつかまれ、引っ張られる。
「バーとか行ってもいいけど、家で飲んだ方がそのまま寝ちまえるし、楽だな。そうしよう。お前、家は?家族誰かいるなら、連絡とっとけよ?」
「あ…ひとりだから」
「ああ、んじゃ帰りが遅くなろうと明日になろうとかまわねェな。よしよし、じゃあ心置きなくウチに来い」
「いや、おれは…」
 そこまでして飲むつもりはないと言いたかったのだが、なんだかんだと言いくるめられ、押し切られ、結局赤髪の家に行って飲むことになってしまった。
 この強引さは誰かに似ている。
 誰だったかと考える前に、ああサンジだったと思い当たった。あの男もなんのかんのとにこやかな強引さでゾロのペースを乱し、自分のペースで事を運ぶのだ。それに似ている。ただしサンジが多少卑屈なところがあるのに対して、この男はスマートで手馴れた様子。あるいは人を動かす事に慣れているのかもしれない。
 そんな事を考えながら歩いていると、不意に二歩前を歩く赤髪の体が傾いだ。間抜けた声でこけようとするのを、咄嗟に腕を掴んで支えてやった。
「……悪ィ」
「…ったく…酔っ払ってんじゃねぇのか、オッサン」
「失礼なことを言うな。あれくらいの酒で誰が酔うか」
「今思いっきりフラついてたじゃねぇかよ」
「あーもう、そういう減らず口ばっか叩いてると…」
 ぐいっと腕を掴まれ、放り投げられる――かと思ったが、背に当たったのは民家のブロック塀だった。勢いがついていたので、痛いには変わりない。
 何をしやがると抗議しかけたが、言葉は呼気ごと封じられた。――唇で。
「……ッん…っ」
 赤髪の胸倉を押して引き剥がそうとするが、腰に回された手が離れることはない。

 口腔内を思うがままに弄られ、酸素を奪われ苦しくなり、腰の力が抜けかけた所でようやく赤髪が離れた。息を乱しながら睨むゾロを感慨深げに見つめながら、何かを納得したようにひとつ頷いた。
「…やっぱり、五月蝿いヤツを黙らせるにはキスが一番だな」
 その時赤髪を殴らなかったことを、ゾロは後になって思い切り後悔した。
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