rainy days

blackout

 はぁ、と小さく息を吐いてドア横の手すりを握る手に額を押し付けるようにしてもたれる。鼻で息をしても肺がひゅうひゅうと音を立てている気がする。
 ふらふらするのは風邪のせいだろうか。いや、もしかしたら食事をしていないせいかもしれない。
「俺が暫くいなくても、その間ちゃんと飯食っておけよ」
 先月最後に会った時、苦笑混じりにサンジが言った言葉。食事を摂ること自体にあまり関心を持っていないゾロを心配しての事だろう。当たり前だガキじゃねェんだぞと返しはしたが、結局はその心配通りになってしまったというわけだ。
 あの時よりも痩せた頬に、きっと気付かれる。他人の、ことに女の変化には目敏く気付くサンジの事だ。しょっちゅう一緒にいるゾロの外的変化に気付かないわけがない。
 右肩に下げた小型のスポーツバッグがやけに重く感じる。いつもと重さは変わらないはずなのに。…腹が減っている、ような気がする。だから力が出ないのか?頭痛がするのもそのせいか?
 食事。今朝は何も食べていないのは覚えている。では、昨晩は?昨日は何を食べた?…いやそもそも、ここ数日何を食べたんだった?
 考えていくと、半ば忘れかけていたあの夜に行きついた。

 ここ数週間の間で1番マトモに食事を摂ったのは、結局あの日だけのような気がする。

 かといって、一緒に食事をした上に奢ってくれたあの赤い髪の男――名前は忘れた――に、礼を言う気にはならない。金は払わなかったがそれ以上のものを支払わされたようなものだ。サンジが知ったらどんな顔をするだろう。
 何やってんだよおまえは、と呆れられるだろうか。あるいは蹴られたり、もしくは悲しそうな顔で何でオマエってそうなんだ、と言われたりするんだろうか。言われた所で済んだ過去はどうしようもないのだけれど。

 電車がガタゴトと揺れるたびにカラの胃はおろか脳までが揺られて、気持ち悪いことこの上ない。
 ―――やばい、このまま電車になんか乗ってられねェ。
 授業に遅刻しようとこの際知ったことではない。車内で胃液を撒き散らす恥を晒すくらいなら、授業のひとつやふたつ、遅刻してもかまいはしない。
 早く、早く次の駅に。
 他の上客の気遣わしげな視線が鬱陶しい。だがヘタに声をかけられるよりはいい。今は何かしゃべる気力すらない。
 駅員のわかりづらいアナウンスの後、電車が緩やかに減速し、ホームに入っていく。ああやっと、やっと着いた。この駅のベンチで少し休憩しよう。キヨスクでジュースか何か買って飲むのもいいかもしれない。口の中がひどく乾いているから。
 空気が抜けるような音がしてようやくドアが開き、待ちかねたようにホームへ下りる。目に入ったすぐ近くのベンチは幸い、空いていた。夢の中を歩くようにそちらの方へ歩いて―――突然視界がブラックアウトを起こした。
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