I pray, you stay

7

 食堂の片隅に幹部が集まっている時には他の者は近付いてはならないという暗黙のルールが、赤髪海賊団にはある。ふざけあったり軽口を飛ばしているような時であろうとも、会話の内容は測れない。航路を話し合っているのかもしれなかったし、彼らの船長の退屈を何で紛らわすのかという場合もあった。たいていそんな話をする時は船長室か副船長室が使われるのだが、話の主題が彼らとあっては食堂以外の場所はなかった。
 議題が何であるか、他の者も薄々感じ取っていたし気になる者も多かっただろう。しかしあえて会話に加わろうとする強者はいなかった。
 面子はヤソップ、ルゥ、黄色いサングラスのアディスン、海賊旗の刺繍が入った帽子をかぶるリックの四名。遅い昼食を取りながら固まっていた。
「……で? あの二人はどうよ?」
 口を開いたのはアディスン。応じたのはリックだった。
「どうよっていうのは?」
 ”あのふたり”が誰なのか、ということは問わない。無視して良い大前提だったからだ。
 アディスンが焦れたように言う。
「仲がいいのか悪いのかってことだよ」
「そりゃあ悪いわけはないでしょう。悪かったらとっくに僕らや他の連中にもバレてると思いますが」
「でも仲がいいってわけでもないじゃねぇか。今は。……前みたいにさ」
「なんでも前と同じモンを求めンのは無理な話だぜ? アッド」
 チキンピラフを口に運びながら言う狙撃手に、愛称で呼ばれたアディスンは飲もうとしたグラスを向ける。
「そりゃあそうッスけど、ヤソップさん。でもあんたも気になるでしょ? お頭ってば、気がつくと副船長を見てんだからさァ」
「まあな」
 本人は気付いているのかいないのか――いや、気付いているならこちらにわかるようには見ていないはずだから、やはり無意識なのだろう。時々すごい眼をして副船長を見つめている時がある。たいてい副船長が誰かと話をしながら笑っている時だったり、航路の説明をしている時だったりするのだが。
 妬いているような、哀しんでいるような。泣いているようで、怒っているような。
 見ているほうが辛い表情で、痛い眼差しで、副船長を見ている。
 副船長が気付くと視線を逸らすし、長い間見つめているわけではないからどれだけの船員がそれに気付いているかもわからないのだが。
 傍で見ているこっちの方が辛くなる。当事者でない以上、見ているだけしか出来ないからだ。
 水を飲みながら、ルゥが思いついたようにつぶやいた。
「そーいや最近、あの二人のツーショット、見ねぇなァ」
「だろッ?」
「前はお頭のほうから副船長をかまいに……つーか、ちょっかいかけに行ってたもんなあ。今は全然そーゆーとこ見ねェな」
 溜息混じりにヤソップが言うと、アディスンは勢い良く立ちあがってヤソップを指差す。
「そこだよ!」
「どこですか」
 お笑いの基本のようなボケをかますリックに、アディスンが鋭い裏手による突っ込みを食らわす。
「前はお頭が副船長にちょっかいかけてたのに、今は全然そーゆーとこ見ねェってトコだよ!」
 食堂にいる他の船員の目を気にして声は小さく、しかし強い口調で指摘する。
 リックは小さく頷いて納得した。
「そこですか。それが?」
「なんでお頭は副船長にちょっかいかけねェんだ?」
「そんなのわからないですよ。お頭じゃないんですから」
「それでくくったら話が続かねぇだろうが! ちったぁ考えろよ、リック!」
「そんなこと言われても」
 眉を寄せて困った表情を作りながらアディスンを座らせる。仲間がこちらを窺っている気配があるので、できる限り漏れない声で会話したかったからだ。
 すぐにヤソップが助け舟を出す。
「そうそう。あの二人にしかわからん問題ってのもあるはずだろ? なにしろ副船長はお頭が旗揚げした当初から一緒にいるんだしよォ」
 ふたりが出会って仲間になった当初の詳しい経緯は聞いた事がないのだが、付き合いが長いのは間違いがない。
 シャンクスがそれまで乗っていた海賊船を下りたのが十代後半だというから、おそらくそれくらいからの付き合いなのだろう。
 だが当時のことは昔から何度聞いても、
「すまねぇな、覚えてねぇんだ」
 などと返されるばかり。そんなわけはないだろうともう一方の当事者たるベンに聞いても、
「なりゆきだ」
 とそっけなく返された。つまるところ、当時のことは誰にも何もわからないのだ。
「おれたちが動いて変わるもんなら、とっくにそうしてるがなあ……」
「ヘタに手ェ出すと殺される勢いで怒られる」
 ヤソップのぼやきにようやくルゥが口を開いた。ただし相変わらず肉を齧りながら、ではあったが。リックが頷く。
「全部喋ったら船から下ろすって言ってましたもんね、お頭……」
「そうそう」
「アレ絶対マジだろうしなァ……」
 何がマジって、眼がマジだった、とはアディスンの呟きだ。ヤソップはそれに頷きながら、
「お頭も辛いだろうけどさ……周りで見てるおれらも辛いんだよな〜〜……だってもう、一ヶ月になるだろ?」
「ぱっと見た目は、前と変わんねぇんだけどなあ。前とおんなじ感じだし」
「お頭……笑ってる分、手に負えませんね」
「気付いてないんだろうなァ、お頭……」
 張り付いた笑顔しか浮かべていないこと。笑っていても目が笑っていないこと。
 ヒラの船員にはわからなくても、付き合いの長い幹部にはわかる。わかるからこそ幹部なのだが。
 アディスンがワカメスープを飲み干す。
「いや、お頭自身が気付かないのはともかくも、副船長が気付かないってのは問題じゃねぇか?」
「前ならとっくに気付いてただろうな」
「気付いてるのかもしれないけど、どうにもできないんじゃないですか?」
「ン? どういうことだよ?」
 アディスンの問いに、リックが答える。
「お頭の様子がおかしいというのにはきっと気付いてるんですよ、副船長は。副船長ですから。基本というか副船長という人間の根本は、あの事件の前と変わってないでしょう? 性格や趣味嗜好その他諸々」
「ああ……まあ、そうだな」
「でも、お頭のほうに隙がないんです。副船長が話しかけられるような。つまり二人で話す機会がない。というか、お頭がそれを避けてるような気もしますけど」
「それ、おれも思ってた」
 肉を口で引き千切りながらルゥが同意した。いつも何を考えているのか判然としないが、彼の着目は時に誰より的を射ていることがある。
「あーゆーふーに副船長のこと見てる割に、避けるんだよなァ……副船長のこと」
 アディスンの嘆息混じりのぼやきにうんうんと頷いて、リックが話を続ける。
「二人きりになって話す機会がない。作りたくない。かといって他の人間がいる時にはなんとなく聞きづらいし、聞けない。――で、ズルズルと喋るチャンスを逃してるんじゃないかな、と思ったんですけど」
「なるほど。副船長らしい気の遣い方が災いしてる、ってぇわけね」
「……てェか、ひとつ聞いていいか」
「なんだよ、アッド」
「副船長さあ、もうほとんど思い出してるだろ? 仕事のことはもともと忘れてなかったみたいだけどさ、おれたちのこともほとんど思い出せてるじゃん? お頭のコトだって思い出せてるよなあ? 一番一緒にいた時間が長かったんだからさぁ。だから遠慮なく二人きりになれるんじゃねーの? 今更遠慮する必要ってねぇだろ? あの二人に『遠慮』って言葉ほど似合わない言葉ってないと思わねーか?」
「……そう言われりゃあ、そうだよな……」
 全員が腕を組んで考えこむ。
 かつての船長と副船長は、距離の取り方、息の合い方、我侭への対処など、掛け合いは文句のつけられないものだった。時に副船長のアドリブ的な絶妙のフォロー、それを受けての船長の突っ走りぶりは巻き込まれた周囲のものをすら驚嘆させる。
 その空気が今は感じられない。
 ややあって口を開いたのはヤソップだった。
「でもやっぱり、思い出せてないっぽい気がするけどなァ……」
「なんとなく、ぎくしゃくしてますもんね……」
「お頭のことなのになァ」
「……だから腹立つんだよな……」
 言葉とは裏腹に大きな溜息が四人の口からそれぞれ漏れる。
 無論どちらが悪いはずもなく、論じるだけ無駄なのだ。それでも話題に出てしまうのは、それだけ二人のことを皆が気にしているという現れだった。外野が口出しすべきではないとわかっていても、何か手を尽くしたいと思うのが人情ではないか。
 リックがぼやく。
「思い出せてたらお頭があんな状態になってませんよね……」
「だよなァ……」
「……で、今日の結論なんだけどな」
「オイオイ、まとめかよ」
 アディスンに、今度はヤソップが裏手突っ込みを入れた。痛ェッスよと笑いながら、
「で、おれたちに出来ることなんだけどさ。あと三日くらいしたら、港に着くだろ?」
「今順調に進んでるからな」
「で、港に着いたら、お頭はきっと女ンとこ行くだろ? いつもどーりさ。そうすると、多分出港時間に帰ってこないよなあ? いつもどーり、さ。そしたらその時、副船長を迎えにやらせようぜ。他の連中が束になって探すより効率的だし、二人で話す時間がないって言うんなら作ってやりゃあいいんだよ。まぁ話が長引いてその日に帰って来れなくなるかもしれねェが、それも計算のうちに入れといてさ」
「……力技だな」
「それで解決するとも思えないが……まあ、ひとつのきっかけにはなるかもしれねぇなあ」
 爪楊枝をくわえながら、ヤソップも賛同する。あざといとは思わない。外野が手出しできるぎりぎりのラインを、この年若い幹部はよく見極めていると思う。
「どっちにしても、お頭は毎回ドコに行くとも言わずに行っちまうからなァ。副船長でなけりゃ場所わかんねぇし。いいんじゃねェの?」
「あとは僕たちが、他の仲間たちに気を配ってやらないといけませんね」
「そうだな」
「よっし、決定。あ〜〜もう、早くどーにかなってくれねーと、こっちの胃が痛ェっちゅーの!」
 ごちそうさん、と言って、その日の会議は終了した。
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