Ravish Rain

side:B(13)

 ゆっくり起床した午後。シャンクスが目覚めた時には、ベッドにベックマンの姿はなかった。疑問に思わないのはいつものことだからだ。
 寝癖がついた頭のままシャワーを浴び、服を着るのが面倒だとバスローブを羽織った。
 ベックマンはやはり、リビングにいた。険しい表情で紙――恐らく手紙――を読んでいる。口許にはいつもの煙草。灰皿には既に十本以上の吸殻が重なっていた。
「何かあったのか?」
 Bをどかすと、ベックマンの隣へ座る。ベックマンは「起きたのか」と軽く溜息し、手紙を折りたたむと封筒へ直した。
「何でもない。――食事にしよう。すぐに作るから待っていろ」
 頭に乗せたタオルの上からシャンクスを撫でると、手紙をズボンのポケットへ押し込みキッチンへと姿を消した。その背へ探るような視線を投げたが、何も分からなかった。


 ベックマンの一週間の休みの間、変わったことといえば本当にそれだけだった。
 時間は休暇が始まった時より穏やかに流れ、それもそろそろ終わる。
 十日ぶりにベックマンの黒服姿を見送ったシャンクスは、家捜しを始めた。捜すのは、数日前ベックマンに届いた、彼の弟からの手紙。まだ捨てたり焼いたりしていないはずだ。昨夜彼が読み返していたのを知っている。
 捜す時間は充分にあったが、慎重に行わなければならない。どんな些細な変化に気付くとも知れないからだ。探ったことを知られてはならない。
 夕暮れ時になり、探し物は意外な所から出てきた。読みかけらしい本の頁の間だ。消印の日付を確認すると、迷わず手紙を広げる。
 薄い紙にびっしり細かな字で埋められた手紙は、シャンクスの予想通りの内容が記されていた。一部予想外のことも書かれていたが、それは一層シャンクスの表情を曇らせた。
 二度読み返して内容を覚えると、元の通りに折り畳み、本の間に挟んだ。
 あてがわれている部屋に戻ると急いで適当な紙とペンを引っ張り出し、何事かを書き付けると黒猫を呼んだ。彼の体に小さな筒のついたりボンを巻きつけ、紙を筒の中へと入れる。
「いつものように頼むな」
 本当は自分で行くのが一番だが、ベックマンが戻るまでに帰れない可能性が高い。何とでも言い訳は出来るだろうが、それは避けておきたかった。
 Bは小さく鳴くと、薄暗闇の外へ姿を消した。


 帰り際、ベックマンは上官であるミホークに呼び止められた。
「何でしょう」
「休暇はゆっくり休めたようだな」
「――おかげさまで」
「それならば良い。――猫は気紛れで浮気性だ。せいぜい家から出さぬように気を付けるのだな」
 特に赤毛の猫は。
 最後に付け加えられた一言に、ベックマンは制帽の下で眉を引き攣らせた。
 何を言いたいのだ、この男は。何を知っている?
「それはそうと――」
 ベックマンの動揺に構わず、ミホークは口の端を歪める。
「海軍の方に不穏の種があるらしい。お前の弟は確か海軍にいるのだったな。何か噂でも聞いていないか」
「――何も」
 立て続けに与えられた動揺を抑え、ベックマンは上官の目を真っ直ぐに見返した。ここで怯んでは負けだ。この男に負けるのはいけ好かない。
「何も聞いてません」
「……そうか」
 何か異変があれば報告するようにとお定まりの台詞を寄越されると、その場を解放された。笑みの意味は考えないでおこうと思考の外に無理矢理追い出し、部屋を後にした。
 出る間際にあることに気付いたが、それをこの男に問うのは絶対に止めておこうと無言で立ち去った。
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