Ravish Rain

side:B(11)

「待たせたか?」
 約束の刻限を僅かに過ぎ、シャンクスは約束のアパートメントに到着した。
 部屋で待っていたのは、目つきの鋭い男が一人。それから、誰が作ったのかはわからない料理。
「少しだけ」
「そっか。悪いな」
 報告と打ち合わせが長引いた、と言い訳しながら小さなテーブルの正面に腰掛けた青年の姿を眺める。
「……地毛か?」
 確か以前逢った時は栗毛だった。髪の長さは変わらないが、その時より違和感がない。指摘してやると、シャンクスは頷いた。
「アレん時に、ちょっと派手なことやっちまったし。今まで地毛でやってないからさ」
「かえって目立つだろうに」
「いや、そうでもねぇよ。ずっと家の中にいるし」
 外に出るのは散歩くらいだと微笑し、料理に食いつく顔を、目つきの鋭い男は興味深そうに見つめた。
 束縛を嫌う男である。まして一ケ所に閉じ篭もっているなど、本来の気性からすればまず考えられない。己の好きでやっていることとは言え、どういう心境の変化か。
「大袈裟だなあ」
 男の問いに、シャンクスは呆れた。自分のことを野良猫か何かと混同しているのではなかろうか。
「居心地いいだけだよ」
 セックスも上手いし。
 付け加えられた言葉に、男は溜息した。
「本当に猫並みだな」
「何が」
「見境というものはないのか」
「失礼だな。見境や分別くらい、オレにだってあるさ」
 ただキモチイイことが好きなんだとキッシュを嚥下し微笑う表情は、どこか獲物を前にした獣じみている。アレも可哀相に、とシャンクスを居座らせている男に同情した。
 それで、とシャンクスが居住まいを正す。
「何のためにわざわざオレを呼び出したんだ? まさか与太話の相手ってわけじゃあないだろ?」
「勿論だ」
 ワインで舌を湿し、無表情に戻る。
「予定が早まりそうだ」
「……あんたの上の話?」
 頷く男に、シャンクスは表情を曇らせた。
「不穏な感じなのか」
「ああ。少しどころじゃなく、知りすぎたようだ」
「でも、あいつの所へは何も相談してないみたいだぜ?」
「上はそうは見ないだろう。その内、あの男宛の手紙すらも開封しかねん」
「その上オレのことがバレたら檻行き確実?」
 軍法はおろか、神にすら背く行為だ。二人の他に知る者はいない。しらばっくれようと思えば出来るだろうが、どんな汚い手を使って証拠をでっち上げるとも知れない。
 注がれたワインを一息に飲み干すシャンクスを見つめ、男は「檻で済めば万歳だろう」と目を眇めた。
「う――――ん……」
 シャンクスは腕を組み、中空を睨んだ。檻で済まないならば、粛清が待っているということだろう。それは少し――いや大分、惜しい。
 頬杖をついたまま男を見つめると、不穏に微笑んだ。穏やかならぬ表情の変化の後、シャンクスは一つの案を提示した。男は眉間に皺を刻み、僅かの間沈黙する。
 やがて愁眉を開くと、「いいだろう」と溜息混じりに頷いた。
「お前などにくれてやるには惜しい男だが……」
「死なせるよりはマシだろ」
 料理を平らげ、グラスにワインを注ぐ。己の髪の色にも似た酒精は、心地好く喉を滑り降りてゆく。
「一宿一飯以上の恩は返さないとな」
「……貴様の恩返しほど高くつくものもなかろうな」
「失礼だな……」
 飯が不味かったら殴ってる所だと苦笑し、ワインを飲み干すと立ち上がる。
「送ってくれるんだろ」
「泊まっていかないのか」
 時刻を見れば日付を越えた長針が、一回り半していた。充分に夜更けである。今から戻れば、夜明け前には滞在先には着くだろうが――
 シャンクスは笑った。
「他の男の匂いがついたら拙いだろ、やっぱり」
 だから帰るよ、と男の口髭の脇に口付ける。
「これでよろしく」
「……随分安く見られたな」
「何言ってるんだ。オレのキスなんだから高いに決まってるだろ」
 シャンクスの鷹揚な口振りに苦笑すると、男は立ち上がった。
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