Ravish Rain

side:B(04)

 結局、病院には行かず、買い物だけを済ませて昼前には家に戻ってきた。
 ベックマンが作った昼食を二人と一匹で平らげ、現在、赤毛と黒猫はソファで仲良く昼寝の最中だ。どうせ寝るならあてがってやった個室(弟の部屋だ)のベッドで寝ればいいと思うのだが、昼食の片付けをしている間に寝入ってしまったらしい。
 昼食を食べる時には「なんで暖炉に火を入れないんだ?」と言っていたのにも関らず、薄着のまま寝ている。放っておけば風邪を引くかもしれない。猫を抱いているのも、気休めにしかならないだろう。
 いちいち起こすのも面倒なのでそのまま寝かせているのだが、他人の家でこれだけ無防備に眠れるというのも、なかなかすごいように思う。シャンクスの神経が、よほど太いのだろうか。
 事故の負い目があるとはいえ、自分が他人の滞在を許しているのも初めてだが。思いながら、全く関係のないことをペンで便箋に綴っていた。弟への手紙だ。
 気候が変動しやすいが体調には気をつけているのか、こちらは相変わらずでいること、仕事も特に問題ないことなどを書いて、折りたたもうとした所で手を止めた。

『――追伸。変わった所といえば、迷いこんできた黒毛と赤毛の猫をしばらく飼うことになったくらいだ』

 付け足して、几帳面に三つ折し、封筒に入れる。封緘すると、ソファにもたれて煙草を咥えた。
 休暇の間、本でも買って久方ぶりに読書にいそしもうかと思ったが――はたしてどこまで読みきれるか。猫と同じように丸まったシャンクスに毛布を持ってきてやろうと立ち上がりながら、自分の行動が可笑しくて紫煙の間から苦笑が漏れた。かつてこれほど他人を気遣ったことなどなかった。


 夜になり自室に引き上げると、ベックマンはようやく落ち着いて午前中に買った本を開いた。ガウンを着たままヘッドボードに背当てとしてクッションを置き、もたれて読む。
 気紛れに買い求めたのは、某国の兵法書だった。難解ではあるが、同じ人間が書いたものが理解できないわけはない。ページをめくるごとに、本へと没頭した。
 ふと、顔を上げた。ページは大分進んでいた。壁時計を見遣れば、長針が半周回っている。
(…何か聞こえたかと思ったが…)
 元来、読書に没頭すると他が見えなくなるタチだ。しばらく耳を澄ましたが、何も聞こえない。気のせいかと視線を本に戻しかけて、ある懸念を思い出した。と同時に、本を閉じてベッドから離れた。
 数歩でドアまで歩き、開けると――軽く、驚いた。
「……っくりしたあ…」
 ベックマン同様、驚きで目を丸くしたシャンクスが、目の前に立っていた。
「あんたって、超能力者か何か?」
「そんなわけあるか。偶然だ」
 どうかしたのかと聞きながら、部屋へと招き入れる。部屋へ入る前、シャンクスは躊躇した。 「どうした?」
「便所かどっか行くつもりだったんじゃねェの?」
「いや、なんでもない」
 曖昧に濁した答えをシャンクスは「ふぅん?」と小さく首を傾げただけで追求はせず、ようやく部屋に入るとドアを閉めた。そこで初めて、ベックマンはシャンクスが抱えているものに気付いた。
「……何持ってきたんだ?」
「枕♪」
 それは見ればわかる。
 聞きたいのはそういうことではなく……
 頭を抱えかけると、シャンクスは笑って、ベックマンのベッドに腰掛けた。
「寒いからさー」
「……まさか、一緒に寝ようとか言うんじゃないだろうな?」
「アタリ! よくわかったな!」
 喜々と肩を叩いてくるシャンクスの隣で、ベックマンは今度こそ頭を抱えた。
 何が哀しくて、男とベッドを共にしなければならないのか。何故、男と眠ろうと思えるのか(たとえ今夜が今年一番の冷え込みだったとしても、だ!)。
 やはりこの神経を理解するのは不可解だった。
「端っこでいいからさ。入れてくれよ」
「何のために部屋を貸したと思ってるんだ?」
「だってひとりで寝たら寒いだろ」
「猫抱えて寝ればいいだろう」
 投げ遣りに言うと、即座に「Bは駄目」と返ってきた。「何故」と問い返すと、「あいつ寝相悪いんだ」と肩を竦めて見せる。 「下手したら引っかかれるからさ」
 そんな遣り取りは、昼であれば笑いの種になったかもしれない。しかし今は笑う気にはなれなかった。
「なぁ。駄目?」
「…………」
 ちらり、とシャンクスの顔を見てしまった。晴れ渡った海のような瞳が、やや上目に自分を見つめている。
 ――負けた、と思った。
「……落ちても知らんからな」
 溜息混じりに言うと「やった」と笑って小さく万歳した。子供みたいだと思ったのと、そういえば彼の年を知らないと思ったのは同時だった。
「…お前、いくつだ」
「? 何が?」
「年」
「年? 十九だけど?」
「十九……」
 道理でガキだ、と呟いた声は、どうやらシャンクスに聞こえてしまったらしい。毛布にもぐりこみながら「ガキって言うな!」と冷えた足で蹴られた。
「そういうあんたは幾つなんだよ!」
「二十五」
「…………」
「なんだ、その沈黙は」
「いや、案外若かったんだなーと思って」
「俺が向こうの部屋で寝てもいいんだぞ」
「ごめんなさいもう言いません」
 誠意がこもってないなと思ったが、もともと怒る気はなかったのでそれ以上は何も言わなかった。
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