がつがつという効果音が聞こえそうな食事の仕方というのを、ベックマンは初めて見た。
それはベックマンが受けた躾からすれば立派に『下品』と言える姿ではあったのだが、食物もこう食べられたなら思い残す事もあるまいと納得できてしまう食べっぷりに、呆れるよりも先に感心してしまった。
ドライフルーツと貯蔵庫に辛うじて残っていたチーズ、ウィンナーとハムが盛られた皿をそれぞれ食べきると、勢いよくグラスのミネラルウォーターを飲みきり「ごちそうさまでした!」と満足した表情で笑う。
ベックマンは胸ポケットから出した煙草を咥えながら「どういたしまして」と返し、綺麗になった皿を台所へ片す。
「町へ買い物に行くついでにアンタを病院に連れて行こうと思うんだが」
「必要ないよ」
なんでもない事のようにあっさり返され、ベックマンは顔をしかめた。
「必要ないって事はないだろう。検査を受けてみないと、どこか思いもよらない所を怪我してるかもしれない」
「オレが大丈夫っつったら大丈夫なんだよ。なー、ねこ?」
「猫に同意を求めるな」
「猫だからって差別すんなよ?! こいつすげー頭いいんだからな」
なー、と同意を求めると猫もにゃーおと返す。間合いのいい返事に、思わず苦笑が漏れた。
猫を差別するとかしないとか、そういう問題ではないと思う。
「大体、一般市民を轢いたとかバレたら、立場悪くなるんじゃないの? 軍人さん」
「…何故、軍人だと?」
洗い物を済ませて台所から出てきたベックマンが、探るように見つめるのに赤毛はふっと相好を崩した。
「ちらっと見た車がワーゲンだった。軍人が好きそうな車だ。あと、あんた姿勢がいいしな。姿勢の悪い軍人っていうのはあまり見ない。あとは…そうだな、雰囲気? 堅気の仕事してなさそうだから」
「軍人は堅気の仕事じゃない、か?」
「つっかからないでくれよ。少なくとも商売してる人間の雰囲気じゃない。それに、国家権力を背負ってるのは事実だろ」
堅気の人間ってのは国家権力には弱いもんだよ、と笑う顔に裏はなさそうだ。「それを言うなら」とベックマンはソファに腰を下ろした。
「あんたもマトモな職業にはついてなさそうに見えるな」
左目を瞑ってその上を人差し指で軽く叩くような仕草をすると、赤毛の青年は猫の顎を撫でながら小さく微笑んだ。
「これは昔事故った時についたのさ。傷は男の勲章って言うだろ? これも大事なオレの体の一部」
猫を抱えようとするが、嫌がって離れ、低いテーブルの下をくぐると、ベックマンの足の上に落ち着いた。
「あ。いつの間に懐いてんだ、ねこ」
「さっき餌をやったからかな?」
「餌? 食ったの? こいつが?」
「ああ、ハムやらソーセージを。…悪かったか?」
「いや…オレ以外に懐かないからさ、そいつ。…珍しい」
「そうなのか?」
小さな頭を撫でるが、嫌がる素振りも見せずに目を細めて撫でられるがまま。それどころか頭を擦り付けてもっと撫でろと要求してくる。
「ま、ねこが懐くならいい奴なんだろ、きっと」
「……そりゃあ、どうも」
「でさ、あんたがイイ奴だと仮定した上で、お願いがあるんだけどさ」
「?」
「暫く、泊めてくれない?」
悪びれない笑顔に、僅かの間、思考が停止した。数秒後に発した声は、我ながら間抜けたものだった。
「……は?」
「だからァ、暫くこの家に住まわせてくれねェかって、聞いてるんだけど。金は払えねェけど、その代わり、家の中の仕事は全部するからさ。ずっと、とは言わねェよ。そうだな、半年くらい。この傷のおかげで普通の店ではビビられて雇ってもらえねェし、親類とか家族とかいねェから行くアテもねェんだ。なぁ、あんた、頼むよ!」
この通り!と拝むように両手を合わせる赤毛を、以前にどこで見たのかを思い出した。
溜息をわざとらしくついて、渋々という態で「わかった」と了解する。
「ただし、家の中のものを勝手に触らない事」
それだけを約束すると、赤毛は実に嬉しそうに小さくガッツポーズを作り、黒猫も甘えたような声で一つ、鳴いた。
「…あ、そういえばオレ、あんたの名前も知らねェや」
握手しようと手を差し出した所で、あまりに基本的な事を思い出す。ベックマンは苦笑して「俺もあんたの名前を知らない」と言うと、あはは、とひとしきり笑いあってから名乗りあう。
「オレはシャンクス。苗字はない、ただのシャンクスだ。よろしくな」
「俺はベックマン。ベン・ベックマンだ」
「よろしく、ベックマン」
「堅苦しいな。ベンで構わない」
「そお? んじゃ、ヨロシク、ベン!」
ニコリと笑う顔は子供のように無邪気で、誰彼構わず人を惹き付けるだけの力を持っているように、ベックマンには見えた。