結局この日、客が引いたのは閉店時間の午前5時間際だった。それでもいつもの金曜日よりは全然早い。
「エース、ゴミ出したら今日はそのまま帰っていいぞ」
ビルの外壁につけた看板の灯りを落としながらのシャンクスの言葉に、エースは首をかしげる。
「へ?でも洗いモンとか…」
「今お前が床とトイレ掃除済ましてくれたからチャラ。…つーか、お迎え来てるぜ?」
シャンクスが指差した窓の下を覗き込むと、街灯にもたれて咥え煙草の銀髪(ほぼ白髪に近いが)が目に入った。
なんでこんなとこに。
いつもなら絶対にありえない光景にしばし呆けたように見入っていると、シャンクスに頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「わっ、やめろよシャンクスッ」
手を振り払うと、がしっと肩を組まれた。
「けっこうラブラブじゃねェかよ♪若いってなァいいねェ」
「何ジジ臭いこと言ってんだよ!…って、その言い方だと自分達がラブラブじゃねェみたいに聞こえるんだけど?」
「10年以上も付き合ってりゃラブラブもヘッタクレもあるもんか」
「へえ?んじゃ、なんだってんだ?」
「愛もこう落ち着いてだな…ツーカーの仲になったりするんだよ」
「…それって熟年夫婦?」
「まぁそんな感じカモな」
主婦の井戸端会議のように盛り上がりかけた話をベックが咳払いで止めさせて、燃えないゴミの袋をドアの横に置いた。
「そこで話し込んでると帰るのが遅くなるだけだぞ」
「はーい!お疲れ様でした!」
言いながら慌ててドアに向かうエースの後姿にシャンクスが聞く。
「お前、そのカッコで帰るのか?」
「帰るだけだからいいじゃん。シャンクスやルフィみたいに汚して帰るわけじゃないし」
「なんだと!」
「なんだよ、ホントのことじゃん。なぁ、副店長?」
シャンクスはそんなことないよなっ?とベックを振り返ったが、苦笑しているベックはエースの味方をした。
「小学生と同レベルの大学生ってのはな…」
「昔の話じゃねェかよ!」
「今でもたいして変わってねェじゃん」
笑いながらエースに言われて、何か言い返そうとしたが言葉が見つからなかったため悔しそうに睨むに留まった。
ゴミ袋を持って「あ、意外に軽い」と呟くエースの頭を、ベックが撫でる。その手をエースが嫌がらなかったことで、さらにシャンクスの不機嫌が増した。それに気付かないフリをしながら、
「また頼む」
「了解!副店長、またメェルするからー!」
ぶんぶんと手を振るエースに笑いながらおやすみ、と言って見送った。
「なーなーっ、なんでこんなとこにいんの?」
ゴミ袋を後ろ手に、首を30度に傾けて見上げる。
スモーカーは葉巻を指に移して白煙を吐いた。
「…コンビニに寄るついでだ」
「ついでって…」
スモーカーの自宅マンションから一番近いコンビニからここまでは徒歩5分。ちなみに方向はまったく逆だ。それなのについで?
「……へへへ〜〜〜」
「…歩道のど真ん中で抱きつくのはよせ」
「照れるなよvキスもしてやっからv」
「照れてねェ!」
あんまり調子に乗ってると置いてくぞ、と踵を返す恋人を、指定の場所にゴミを捨てて自転車のロックを解除してから「待てよー!」と言いながら急いで追いかける。
東の空がほんのり、明るくなってきていた。
追いついた恋人の横を今日あったことを話しながら、やっぱり自転車は置いてくるべきだったなァと少し後悔した。自転車を引いていると、スモーカーと腕が組めないから…。
でもこのヒトは別に俺ほどそんなことは気にしたりしないんだろうなァと思っていると、不意に頭を撫でられた。
「な、なんだよ?」
「寂しそうな顔してんじゃねェ」
「…………」
そんなことってわかるもんなのか?と思ったけれど、大きな手が嬉しくて撫でる手に自分の手を重ねた。そして、今日はやたらに頭撫でられる日だなぁと、少しだけ笑った。