Friday midnight blue

「いらっしゃいませ。三名様ですか?こちらへどうぞ」

 開店時間から3時間も過ぎる頃には、広いとは言えない店内はずいぶん賑わっていた。ただし、居酒屋のような雑然さはなく、耳障りの良い音量で流れるアコースティック・ギターサウンドを邪魔しない程度。ダウンライトが、大きな声でしゃべるのをはばかる効果をもたらしている。
「3番テーブル、シーザーサラダとチャイナブルー、ホワイトレディでーす」
「了解ー。ベック、サラダ頼むな」
「ああ」
 壁に取り付けた棚からシャイカーとショットグラスをふたつ取り出しながら隣にいる長身の背中を軽く叩く。

 いいなああんなカンジ。

 オーダーをとりにテーブルににこやかに向かいながら、ふたりの様子を反芻する。
 仕事中だからあからさまにラブラブすることはないが(当然)、ああいうさりげないやり取りの中にも信頼とか愛情とか垣間見えたりなんかしちゃって、ちょっと羨ましいなァなんて。…思ったりするのは、まだまだ自分とコイビトとの間にそこまでの歴史がないからなんだろうか、なんて思ってみたりしながら、きっちりオーダーは承っている自分ってちょっと有能っぽくない?などと思ってみたりしている。
 さらに別のテーブルのオーダーを取り終わったところで、ドアのカウベルがからころと鳴った。条件反射でにこやかにいらっしゃいませ、と言って、入ってきた客を見てサービススマイルではない笑顔になる。
「いらっしゃいませ」
「おう、副店長。久しぶりだな」
「…つい3日前にいらっしゃったばかりじゃないですか」
「よく覚えておるなあ、アンタは」
「二度以上来店してくれた人の顔は忘れねぇんだよ、こいつ」
「はっはっは!そりゃ店長も見習った方がいいな」
「ちぇ〜〜〜〜〜〜…で、オッサン、いつものヤツ?」
 客を捕まえてオッサンはないだろうと思うが、シャンクスだって店長という立場上、すべての客をオッサン呼ばわりしているわけではない。この客はオッサン呼ばわりが許される、数少ない客のひとりだった。
「ああ、ワシもコイツもいつものヤツを頼む」
 と、隣に立っているむっつりとした厳つい顔の男を親指で指差す。
「了解っと。あ、席は奥のテーブルが空いてるから、そっちへどーぞ」
「今日はカウンターがいいんだが」
「…ま、空いてるからかまわないぜ?そこへどーぞ?…エース!」
 手招きで呼ばれて、そちらへ行く。
「おふたりさんいつものヤツだから、お前頼むわ。ホールはオレが代わるから」
「…いいのかよ?」
 心持ち上目でシャンクスを見ると、にししっと笑って肘鉄を軽くかましてくる。
「気ィきかせてんだよ♪」
 素直に受け取っとけ!という店長に、肘鉄を返す。
「……ありがとうよっ」
 小声のやり取りがカウンター席に座った客に聞こえることはなかったが、ベックには聞こえたらしい。くすくすと笑っているベックを見てエースは「副店長に笑われちまった…」と心中でショックを受けた。
 少なからずがっくりしながら、それでもなじみの客のためにオールドファッショングラスと酒、皿と塩を取り出す。そして冷蔵庫から半分に割られたグレープフルーツとレモンを。
 そうして半割のレモンを少し絞るようにしてグラスの淵に滑らせ、塩を引いた皿の上に口を伏せて置く。グレープフルーツは絞って種を取り除き、伏せたグラスにウォッカを注ぎ、氷を入れてからしぼった果汁で満たしてやり、軽くステアする。
「…どうぞ」
 にこりと無愛想な客に微笑みかけ、自分が作ったカクテルを紙コースターの上に静かに置く。ああ、と短く答えた銀髪の客はグラスを受け取り、塩を軽く舐めながら白っぽい液体をゆっくり含む。
「…どお?」
「…うまい。割合もちょうどいい」
「……あのさ」
「なんだ」
「うまいならうまいらしい顔しろよ!ドキドキすんじゃねェか!」
 他の客の手前小声ではあるが、その手はしっかり無愛想な客の手をつねっていた。
「痛いだろうが」
「うっせぇ!今度はちゃんとウマイって顔しろよ?!でなきゃもう作ってやんねーぞ」
「がははは!若い連中は仲がいいのう。なあ、副店長」
 こちらはベックが出したコニャックをロックで飲んでいる。話をふられたベックは苦笑しながら、
「それを見てるのが楽しいんでしょう、ガープさん」
「勿論じゃ。そのためにエースが入る金曜を選んで、コイツをココに連れてくるんじゃからな。若いカップルのやり取りは見ていて楽しいわい」
 そういって本当に楽しそうに笑うガープを一瞬恨めしそうに見てから、コイツ呼ばわりされたスモーカーはソルティドッグに小さく溜息を吐いた。
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