Friday midnight blue

 大学から最寄の地下鉄駅まではバスで15分(渋滞も考慮)。ただしエースはこの道程を自転車で10分ほどで駆け抜ける。
 駅から本日のバイト先まではさらに3分ほどで到着する。
 4階建て+地階付きのビルの造りは小洒落ていて、地階はブティック、1階はティルーム、2階がバー、3・4階はビルのオーナーの居住空間になっている。ビル自体の名前は「赤髪ビル」というのだが、いつ見てもセンスのねェ名前だな、と階段の横にさり気無く彫られた定礎の名前を見るたびに思う。
 2階のバーの名は"GrandLine"。
 駅から特に近いわけでもないし、雑誌でとりあげられたことがあるわけでもないバーだが、それでも客足が途切れない程度に客はくる。
 店で出されるカクテルや料理の味、店の雰囲気が良いといって、リピーターが多いのだ。料金も財布に優しいから来易い、というのもあるかもしれない。
 客の男女比率は4:6で女性客が若干多いのは、料理や酒以外に、この店の従業員がお目当てだったりするらしい。

 その日エースが店に入ったのは、開店の19時25分前だった。
 大学でのランニングシャツにジーンズという格好ではなく、白のカッターシャツに黒のズボン、革靴に黒いエプロンという姿に変わっている。一度近所にある自宅に寄ってシャワーを浴びて、着替えてからやってきたのだった。
「ちわーッス」
 カランカランとドアに取り付けられたカウベルが軽く鳴り、手ぶらで気安く入る。
 店内の明かりはまだ薄暗くされていたが、カウンター席に座って何かを食べているらしい赤髪の男だけは目立った。カウベルの音に振り返る。
「おっ、来たか勤労学生。ちょっと遅いんじゃねェのか?」
「悪ィ。ルフィに晩飯作ってきたからさ」
 アイツひとりで米3合食うんだぜ?とぼやきながら、自分と同じような格好をした男の隣のスツールに腰掛ける。
「じゃあしゃーねェな…自分の飯は食ってきたか?」
「あー……」
 白々しくあらぬ方を見て口篭もるエースの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「…テメエ、わざと食ってこなかっただろ」
「………」
 無言で決まり悪げに頬を掻くと、赤髪はにししと笑った。
「心優しい副店長に感謝すんだな!お前の分もちゃーんとあるぜ。なあ、ベック?」
 最後の一言はカウンターに向かって右奥にある流しの方にかけられたもの。流しからひょいと長身が顔だけ覗かせる。全身は見えないが、この男もふたりと同じ格好をしていた。
「いつもすまんな、エース。そこにおまえの食事は用意してあるから、食べていいぞ」
 ただし時間がないから急いで食えよ、と言ってまた流しの方に姿を消す。キッチン自体はカウンターの前にもあるのだが、おそらく料理の下ごしらえをしているのだろう。
「ありがと、副店長♪」
 カウンターに身を乗り出して、炊飯器の横に置かれた皿を取る。この日の賄いは煮込みハンバーグらしい。付け合せはキャベツの千切りとポテトサラダ。デミグラスソースの芳香をかいで知らないうちに笑顔になりながら、炊飯器からご飯もよそう。ちなみに茶碗と箸ははエース専用の置き茶碗・置き箸だ。
「相変わらずコドモっぽい料理が好きなのな、シャンクス」
「お前だって好きだろうがよ。文句言うなら食うなっ」
「副店長の料理に俺が文句つけるわけねーだろっ!やーい、ガキー」
「ガキにガキって言われたくねェよ!授業参観に行ってやった恩を忘れたか!」
「それ俺が小学生の時じゃねェかよ!しかもあん時呼んだのはテメエじゃなくて副店長だ!テメエは勝手に副店長についてきて騒ぐだけ騒いでっただけじゃねぇかよ。あん時俺がどれだけ恥かしかったかわかるか?!勝手に恩にすんな!」
 ベックーエースがつれないこと言うよゥというちょっと情けない声を流しで一服しながら聞いて、ベックは苦笑した。
「ふたりともガキレベルで仲がいいこった。…ほらエース、食い終わったなら皿よこせ。洗っちまうから」
「いいよ。俺が食ったから、俺が洗う」
「お。感心だなー」
「ウチじゃフツウだよ。誰かさんみたく、なんでもかんでも人にやってもらうと甘え癖がつくとよくねェからな!」
 ちらりとシャンクスを見て意地悪く笑うと、カウンターの脇から中に入って流しに皿を持っていく。流しは狭いのでエースと入れ替わるように出てきたベックは咥えタバコのまま、流しの方を睨んでいるシャンクスを見下ろして、
「その辺はアンタもエースを見習いな」
 と言って笑った。
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