Friday midnight blue

 夕暮れの大学構内は、家路に急ぐ教授方、部活にいそしもうとする学生などでまことに賑々しい。大学周りにある4つのバス停も、すぐに混雑して長蛇の列ができてしまうだろう。
 クセのある黒髪の学生が5限の授業を終えて教室から出て背伸びをする。
 モスグリーン地に派手なオレンジのプリントのランニングシャツと、膝に穴があいたほとんど白に近いジーンズ、ナイキの90年代前半モデルのバスケットシューズ(靴下はスニーカーソックスらしい)という、ラフないでたち。いつも眠そうな目はこの時もやはり眠そうで、授業中はぐっすり眠っていたであろう事は容易に想像できる。
 欠伸を殺しもせず、帆布のバッグを抱えなおして廊下を歩きながら周りをきょろきょろと見渡す。そうして目的の人物に向かって手を振った。
「おーう、ノジコ!イイトコに来てくれた!」
 休講掲示板(名のとおり、休講予定が前もって書いてある掲示板のこと。ちなみにホワイトボード)の前で休講授業をチェックしていたラベンダー色の髪の女が驚いて振り返る。
「…エース!…アンタねェ、大声で人の名前呼ぶのやめてっていつも言ってるでしょ!恥かしいじゃないのさ」
「悪ィ悪ィ。気ィつける」
 カラカラカラと悪びれずに笑うエースに、思い切り溜息。この男といい、この男の弟といい、どうしてこういうことに関する学習能力が低いのだろう。
 やれやれと思いながら、ふと気付く。
「あ?…アンタ、ちゃんと授業受けてたんだ?」
「あったり前だろι…ま、後半は寝ちまったけどさ」
「だろうと思った。…で?何の用?」
 大声で呼んだんだから、相応の用件じゃないと承知しないよと凄んでくるノジコを「まあまあ」と言いながら手で抑えつつ、
「あのさ、俺今日さ、どーしても外せねェバイトが入ってんだよ」
「…高いよ」
 冷血に言ってのけるノジコに、「ウッ!!」と言って胸を押さえるそぶりをする。
「おまえ…ナミちゃんみたいなこと言うなよ!俺とお前の仲じゃんか!」
「どんな仲よどんな!」
「部活仲間で、妹の彼氏の兄、だろ?」
 それとこれとは関係ないね、と言いながら、エースの肩のあたりを叩いてにこりと微笑む。
「……3食のランチで許してあげるわ」
「3食ゥ?!おッまえ…よりにもよりに一番高いトコじゃねェかよ…」
「男なんだから、それくらいの甲斐性は見せて欲しいとこね。どうせアンタ、試験近くになったらノートもいるんでしょ?これくらい安いもんじゃないの?」
 悪魔みたいな女だ、と呟いたのを耳ざとく聞きつけられて殴られる。
 この大学には大きく3つの食堂がある。古い順に第一食堂(略して1食)・第二食堂(2食)・第三食堂(3食)。味に関してはどこも文句ない。だがそれぞれの食堂で特色がある。
 1食と2食では麺類に大きな違いがある。1食の麺類は関西風なのに対して、2食の麺類は関東風だ。他の料理に関してもそのようになっているらしい。
 3食は食堂というよりカフェテラスで、女子学生に人気が高い。中でもサンドイッチセット(400円)はツナ・卵・野菜サンドから一種類・サラダ・スープ付きで、昼を前に売り切れる時もあるほどだ。また、ここでバイトをしている男子学生目当てにやってくる女子学生や校外からの利用者も多い。
 ノジコは男子学生には特に興味はなかったが(目の保養になるなァ程度で)、3食のハンバーグセットが好きなのだった(ご飯・サラダ・味噌汁付きで450円)。
 ちなみにエースがいつも食べているのは1食でスタミナセット(揚げ物3種類+サラダ+味噌汁+ご飯大盛)380円である(もちろんこの他のメニューも追加注文するときもある←その時の方が多いかもしれない)。
「…わかった。3食のランチな。頼むぜ?」
「任せなさいってば。で?今日のバイトはいつものトコ?」
「いや、今日は知り合いの店。第4金曜はいっつも手伝ってんのさ。店そんな広くないけど結構混むからさ」
「ああ、いい男ふたりでやってるバーね?…部活終わってから飲みに行っちゃおうかなー♪」
「おまえ、それはイヤガラセだろ」
「なに言ってんの。いい男は目の保養だよ?ま、とにかくいってらっしゃいな」
「おう。じゃ、またなー!」
 笑って言うと、手を振って去っていく。
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