部屋のドアを乱暴に閉める音と、気配が消えたのを確認。体を起こして枕代わりに使っている大きなクッションを背に当て、サイドテーブルにおいていた煙草に手を伸ばす。…えらくなくなってるな。またあの人、持って行ったのか。なんて事をぼんやり考えながら一本を取りだし、サイドテーブルについている引き出しに入れていたマッチを手探りで探し出し、火をつける。
ライターよりマッチの方が好きなのは、匂いの違い。マッチを擦った時の硫黄の燃える匂いが好きだ。
(煙草を持って行ったって事は…自分の部屋には帰らないな)
もともと煙草を吸わない人だし、煙の匂いが部屋に染み付くのを嫌っている節がある。布には特に染み付いてとれないから、わからなくもない。俺が吸うのを止めさせようとしたことは一度もないが、なるべくあの人の部屋には入らないようにしている。吸うのを止められないから、仕方ない。一種の自主規制だ。
おそらく…あの人は船尾の方にでも出て、自棄酒やら自棄煙草やらしているんだろう。
わかってる。
スネている。
俺がオヤスミのキスすらしなかったから。
…しなかったのは、…もちろん、疲労がかなり極限までキていたのもあるが…
(スネるとめちゃめちゃ可愛いんだ、あの人は…)
喉の奥で思い出し笑い。
一気に短くなった煙草を灰皿に押しつけ、二本目。
(「届かない」って言った時はサイコーだったな…)
肩を揺らして声なく笑う。
表情なんか見なくても声色でわかる。
ショックを受けた、悔しそうな声。
あんまり可愛すぎて思わず笑ってしまった。…余計に怒ってたが、それがまたカワイイ。
可愛いトコがみたくて、何度でも意地悪したくなる。
―――――昔はとてもじゃないが出来なかったこと。
最近出来るようになったのは…余裕が出来たと言うか…自信がついたからか?
「愛されている」自信。
「嫌われない」自信。
そうじゃなきゃ、あーゆー態度はとれない。
「……先に好きって言ったのは俺だし?」
追いかけていたから、追いかけさせてみたい。―――それが今。
スキっていうのは、先に言ったモン勝ちだろう。……なんて、今だから言えることか?
ま、こんな状態もいつまで続けられるかわからねェからな。それまでは楽しませてもらうとするさ。
「さぁて………」
サイドテーブルに置いていた時計をマッチの灯りで見る。…まだ真夜中か。夜明けまでには時間があるな。
三本目の煙草を吸って、一眠りしたらだいたい体力が回復しているはずだから、オヒメサマを迎えに行ってやろう。どうせこのまま上で眠っちまうに決まってる。
部屋に運んだら…そうだな。煙草を二本くらい吸っておこう。俺が運んでやった証明のように。痕跡を残しておいてやろう。
そして。――――あの人が起きたら、おはようのキスはしてやろう。
性格が悪いって?
でもこういうのがカケヒキってもんだろ? 違うか?