確かに今回のシケはすごかった。
だからシケ中にも仲間に指示を出したりとか、船を転覆させないようにするのとか、シケが明けた後に現在位置を割り出すのとか、航路修正をするとか、残りの食糧を計算して、ついでに最寄りの港を探して、さらにそこまでの航路を考えるのとか(いや、測量士も航海士もいるけど、連中がアイツを頼りにしてるフシがあるんだよな…)、買いこむ食糧の量を考えたり予算を考えたり、忙しいのはわかってるんだよ。
ああ、忙しいだろうさ。
おれは大雑把にしか航路読めねェし、食糧庫見ても何日分の食料が残っているのかわかんねーし、会議は退屈で長時間聞いていられねーし?(30分が限度だな)
そーゆーのも一切合財、アイツが判断下してて(一応おれに最終決定権はあるけど、アイツが決めることはソツがなさすぎて文句のつけようがねえ)。だからすっげぇ疲労困憊なのも知ってる。わかってる。
けどムカつくんだよ。
何がって?
――――……そいつを説明するのにはちょっと時間とっちまうけど、いいか?
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とりあえず、すべての作業に一段落ついた夜。
長いシケのせいで数日間ゴブサタだったから、そろそろ欲求不満ってカンジでアイツの部屋に行ったわけ。船長たるおれがわざわざ、だぜ?
そしたらアイツはすでにリラックスモードでさ。
愛用してるッつーか常用してる煙草を、ベッドに腰掛けてふかしてたわけよ。うっわ、コイツ疲れてんな―――ってのが誰が見てもわかる表情でさ。 で、入ってきたおれを見るなり一言、
「……眠るだけだからな」
って。
まァちょっと割り切れねェよな。なんてったっておれはヤル気満々でコイツの部屋に来た訳だし? でもすンげェ疲れてるみたいだから、使いなれてない気をちょっと使ってみたりなんかしちゃって、黙って頷いて一緒にベッドに入ったわけ。
ランプの明かりを消して、煙草も消して、オヤスミなさいって枕代わりのクッション並べて。…オイオイ、何か足りなくねェ?
アイツの腕、軽くつついて、上目で見上げてやる。奴はすでに目ェつぶってたけどな。この際気にしない。
「…オヤスミのチューは?」
「…………………」
なんで無言なんだよ。
…待てよ。小声すぎて聞こえなかったのか? 今度は気持ち、ふつーの音量で言ってみるか。
「なぁ。オヤスミのキスは?」
「………………………」
コノヤロウ。マジ無視だな? 可愛さ30倍(おれ比)で言ったっつーのに、シカトぶっこくたァイイ度胸だコンチクショーめ。
「なあ! チューは? チュウ! オヤスミのチュウ!」
「………………………………」
目ェ開けもしねェんでやんの。
言ってるおれがむなしくなるだろ! なんか反応しろよな! おれはシカトされるの大ッ嫌いなんだっつーの。知ってるだろうがコノヤロウ。
半ば意地になって、何度も何度も何十回も言ってやった。…けど、アイツの反応はかわらねェ。まったくの無反応。…もしかしてマジに寝てる?…いや、そんなわけねェ。コイツがおれより先に眠るわきゃねえんだ。
チクショウ。こうなったら実力行使っきゃねーだろ!…ホントはアイツからして欲しかったんだけど…仕方ねえ。
「してくれねぇならおれがしてやるッ」
キスできりゃなんでもいいやってカンジで、アイツの顔に、首だけ伸ばしてしようとしたんだが…アイツの肩が邪魔で(広スギ)、届かねえんでやんの!!
「……届かねェ…」
ショックを隠しきれない声でつぶやいちまった。ちっくしょー…なんでこんなデカイ体してやがるんだ…とか思ってたら、肩震わせて笑ってやがるのに気が付いた!!
「起きてんじゃねえか! だったらチュウくらいしやがれ!!」
キレ気味に言ってもダメ。
返ってくる反応は無言。
そんならってんで身を乗り出してチュウしようとしても無駄。顔を体ごと背けやがった。超ムカつくッ!
何度チャレンジしてもダメ。ダメダメダメダメ。
結局一回もチュウさせてくれなかった。
オマエからしてくれなかったんだから、おれからしたっていいじゃねえかよ! 減るもんじゃねーんだからよ!
「けッ、バーカ。ケーチ。ケチケチケチケチケチケチッ」
スネて、背中向けて寝てやる。…もちろんアイツがおれの機嫌をとるためにキスしてくれるのを期待してのことなんだけど。……けど。
「………ンで何もしてこねェんだよ…ッ」
アイツに聞こえない程度の音量で、でもイライラと。
最ッ高ムカツク。
――――わかる?
好きな奴が横で寝てるのにキスもナシだぜ?
数日ぶりの同衾でエッチもキスもナシなんだぜ?
いくらコイツが理性的で禁欲的な奴だって知っててもなァ、おれは違うんだよ。
触りたいし触られたい。
キスだってして欲しいし、セックスだってしてェに決まってるんだよ。
なのに……誘ってもノッてこないし?
抱きついてもウザそうにどけられるし?
―――――なんだよ。おればっか好きなのかよ。
…こーゆー夜は、そーゆー…邪険に扱われた時の事しか思い出せない。
なんでこんな冷たいヤツのことが好きなのか、わかんなくなる。
(…やべえ……)
泣きそうになるのを必死にこらえる。
コイツの前で泣けるかっつーの…カッコ悪ィ。誰が絶対泣くもんかよ。
とっても意地っ張りなおれは、ベッドを抜け出した。…もちろん、ちょっと乱暴に。…でも起きねえんだコイツは! 起きてるはずなんだけどな!! ああもう、そこまで知らんふりされるかよ! ああそうかい!!
で、アイツの煙草を闇に慣れた目で探して。5・6本ひっつかんで、ついでにマッチは箱ごといただいて。アイツの部屋を抜け出す。
……こんなムカツク状況で、―――たとえ相手が好きなヤツとでも、一緒に眠れる奴の気が知れないね。
かといって大人しく自分の部屋に戻る気もさらさらない。素直に眠れるかっつーの。
――――こーゆー時は…そう。ヤケ酒とヤケ煙草だ。当然ひとりで、な。
見張りがいるだろうがかまやしねぇ。船長命令でどかすまでだ。
…こんなことで、おれの気が収まるかどうかはわかんないけどな。