心と思考と3

 縄のようにがっちりと手首を戒めている蔦のような触手は、カイルがどれほど力を込めて引っ張ってももがいても、わずかに緩む様子を見せない。少しでも緩めば状況を打破できるかもしれないのに。奥歯を噛み締めた。
 男、ゲオルグは、少年の姿の時と同様、カイルを片目で見下ろしている。冷ややかな、しかし確かな圧力を持った視線に太刀打ちできる術はない。ベルトを外されると上着は簡単にはだけられる。露にされた胸元を掌が撫でる。鳥肌が立った。
 ぬるついた細い触手が何本か、カイルの肌を滑る。ゲオルグの掌の周りをうろつくように動いていたが、乳首を見付けるとすぐに絡み付き、なだらかだったそこを硬くさせる。
 胸元をひと撫でした掌が指の腹で腹筋を辿り、臍を擽って布地の上から性器に触れる。かすかにも熱を孕んでいなかったそこをしつこく撫で摩り、刺激を寄越す。その隙に他の触手が腹筋から胸を這い回った。
「硬くなってきたな」
 触手に弄らせている胸の先のことか、己でまさぐっている性器のことか。どちらにせよ、屈辱以外の何物でもない。
 二度ばかりか三度まで。この男は油断するタイミングを見破る術でも身に着けているのだろうか。
 腰を捩じらせても、ぬるく性器に触れる手からは逃げられない。だが、意地でも声は上げたくなかった。
「……、っ……」
「耐える必要があるのか?」
 どこまでも憎らしい男だ。睨みつけても平然としている。堪えずにいられると思うのか。そう思える神経が不可解だ。――理解したくもないが。
 布の上からまさぐる手が、性器を掴むように握り込むとゆっくり擦り上げていく。手の動きは確実にカイルの感じる箇所を探り当て、拷問のように緩い刺激を与えてくる。
「……ッ、は……、っう………」
 下衣に触手が絡み、器用に脱がせていく。下肢が露になると、ほとんど勃ち上がったそこへ息を吹き掛けられる。息を飲んだ。
「体ほどに正直になったほうが楽だろう」
「楽に、なって……何があるん、ですか」
「何もないと思うか?」
「あ、たりまえ……っ」
 あるわけがない。せいぜい良くて後悔か絶望だろう。それを楽しめるような自虐の趣味は持ち合わせてはいない。
 ゲオルグが笑う。何がおかしいのか。いちいち癪に障る男だ。
「まあいい……楽しみのひとつだ」
 指ほどの太さの触手がカイルの性器に絡む。触手は柔らかさはないが、しなやかでぬめりを帯びている。ぬめりには何かおかしな作用でもあるのではないだろうか。触手が這い回った肌はどこも必要以上に熱くなった気がする。
 淫猥な音を立てて性器全体を揉まれ、擦られるのは手慣れた人間の手管と似ている。あっという間に熱が高まった。相手が触手やゲオルグでなければ、熱の解放を求めたかもしれない。
 ふと触手はカイルの性器に絡み付いたまま、動きを止めた。生き地獄に近い。
「達きたかったら、言えばいい」
 低い囁きを寄越され、耳を食まれる。不覚にも肌が震え、息を飲んだ。
 誰が言うものか。
 これ以上好きにされるつもりはない。唇を噛んだまま横を向いた。そんな態度ですら、この男を楽しませてしまうのかと思うと業腹だ。
 足の付け根の窪んだところ、尻や割れ目、腰骨を細い、あるいは太い職種が撫でる。己の意思とは関係なく肌や背筋が震えるのが疎ましい。触れられたくもないのに、感じているようで嫌だ。
 足首や膝に巻き付かれ、力任せに開かされた。人目に晒すことはない場所を暴く。ほとんど屹立した性器を見下ろされる。膝を閉じようとしても、まったく動かなかった。
「……何が、楽しいんですか……っ」
「さあな。……いずれわかる」
 ゲオルグが意味ありげに笑うと、細い、太い触手が性器に纏わり付く。先端に何本かが絡み、粘液を塗り付けるように蠢いた。悲鳴じみた声が上がりそうになるのを何とか抑える。粘りを帯びた水音が室内に響き、鼓膜を犯した。
 不意に、カイルを見下ろしていただけのゲオルグが動いた。カイルに手を伸ばした、かと思うと鼻を摘む。わずかの間は堪えられたが、いくらももたない。
「な、にする……っ、」
「親切だ」
 絶対に違うと断言できる。だが反論する間もなく、ゲオルグはカイルの顎を痛いほどの力で掴み、口内を貪るような口付けを仕掛けてきた。応える義理はない。だがゲオルグはお構いなしに口腔を蹂躙する。口内を余すことなく舐められ、
 その間にも、触手はカイルの乳首、腹筋や臍、尻や太腿、性器、脚の指や耳、全身を這い回り、淫らな興奮を煽った。温い刺激かと思えば強くされ、かと思えば弱くなる。保っていた理性が翻弄されて暴れ出しそうで、必死に手綱を引く。
 もともと少年時代から性に奔放で、体の快楽を我慢することには慣れていない。そんな必要はなかったのだ。だからこの状況は一種、拷問と言える。
「んっ、ん……う、ンッ……」
 長い口付けから解放されれば、酸素を求めた。声を堪えているつもりで、まったく出来なくなる。
「は、ぁあっ、ん……ッ」
 こんな自分は嫌だ。
 強制的な快楽に流されてしまいそうになるなんてありえない。しかもこの男相手に――。
 意思とは無関係に体が追い詰まっていく。触手の動きは手練れた娼婦のように巧みだ。
 尻を舐めるようにまさぐっていた触手が、徐々に後孔へ伸びてくる。狭いそこの表明を撫で、麺のように細い手が入口の狭いところで出入りする。
 中を撫でるように触手が動く。脚に絡んでいたものたちが、膝が胸に着くほどに曲げさせる。局部をすべて眼前の男に曝すことになり、カイルはまた奥歯を噛み締めた。触手はまだ緩む気配を見せない。
 せめて、早く終われば良い。
 噛み殺せず漏れる己の声にほとんど絶望しながら、それだけを考えた。
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