ファレナ女王国の艦・ソルファレナのとある場所において、男がふたり、密談を交わしていた。
艦内の街、人通りの少ない細い路地を奥に進んだ奥にあるひっそりとしたバーは、電気代すらも惜しんでいるのかほとんど暗い。だが密談にはもってこいであり、おまけに狭い店だが客同士の顔すらもよく見えないとあっては、良からぬ謀を巡らせるにはもってこいの場だった。幸いなのは、その店を知る者がほとんどいないということだろうか。
今、十席ほどしかない狭い店内にはふたりの男がいる。ひとりはフェリド、偉大なるファレナ女王の夫であり、彼女と国を守護する女王騎士の長でもある。
いまひとりはファレナの人間ではない。生粋のファレナ人でないのはフェリドも同様だが、黒髪の男はファレナに居を構えることもしていなかった。マントをまとい、腰には使い込んだ長剣を差し、小さな荷物だけを持った身軽な姿は旅の剣士のようだが、これはあながち間違ってはいない。
彼は傭兵だった。黒髪は珍しくないが、特徴的な金色の瞳を持つ彼の名は、ゲオルグという。
「あんたたちの望み通りに終わったな」
「だが……血が流れ過ぎた」
まるで己が怪我を負ったような表情でそう言うと、グラスの酒を呷る。ゲオルグは片眉を上げて傍らの親友を見た。
「悔やむのか」
「……悼むさ」
もう少し、いやもっと早く戦争が終結していれば、散らなくて良い命もあったはずだ。だがあのまま本格的な戦争になっていればより多くの命が奪われたに違いない。
死者が生者に何もできないことと同様、生者も死者には何もできない。気持ちの問題だけだ。わかっているからこそ、フェリドの言葉に頷いた。
そもそも戦争の起こりは、赤月帝国の先代皇帝が急死したことに端を発する。たまたま皇帝の崩御の際に主艦に世継ぎであるバルバロッサがいなかったため、バルバロッサの叔父が帝位を簒奪した。ファレナに戦争を仕掛けてきたのもこの男だ。
結局、帝位を正当な後継者であったバルバロッサが奪還できたおかげで終戦したのだが。
「……ともあれ、あんたの依頼は完了だ」
何か言いたげな金色の目線に、フェリドは重々しく頷いた。
「わかっている。……契約通り、な」
携えていた布袋はひと抱えほどもあっただろうか。しかし傭兵、ゲオルグは貧弱な机に置かれたそれにすぐに手を伸ばそうとはしない。
恐らく、革袋の中身は最初に提示した額よりずいぶん多い。それだけ感謝してくれているのだろうし、期待以上の働きが出来たということだ。
それを当然だと思うのは、果たして傲慢か。
しかしせっかく親友からむしり取ろうとした報酬も、欲しいものを前にしては色褪せて見える。その気になればいくらでも奪えただろうが、それでは友に対する礼を欠く。だからこの場を借りて言うつもりだった。
「――報酬について、ひとつ提案がある」
「何だ? これでもかなり色を付けたぞ」
「友情とはありがたいものだな。感謝する。だが、今俺が欲しいのは金じゃない」
「何?」
珍しいと言わんばかりのフェリドに、ゲオルグは眉を顰める。
「あんた、俺をどれだけ守銭奴だと思ってる?」
「それなりにな。――で? 二太刀いらず殿におかれては、一体何をご所望だ?」
「何、あんたの許可さえあれば簡単な話だと思うぞ」
口の端を悪党のように吊り上げると、ゲオルグは自分を胡散臭そうに見つめるフェリドに口を開いた。