4.切なく焦がれて

お題配布→ゲオカイのためのお題配布所様 http://blue-water.topaz.ne.jp/theme.htm

 日が姿を完全に現し、早い朝食と身支度を整えてしまうと、しばしの別れの刻が迫る。とりたてて用がなければ自室を出たゲオルグは王子の顔を見、そのまま次の仕事が待つ地へと赴く。
 肩当てや手甲、胴巻きを澱みなく装備していくのを見るのは、カイルにとっては若干の淋しさと好奇の気持ちを湧き起こさせる。淋しさは、別れがしばしのものと知っていても自然に湧くものだし、好奇心はゲオルグがどんな仕事を与えられたのかということだ。ゲオルグが軍師からの任務を他人に話すことはまずない。話しても大丈夫らしいことは教えてくれるが、王子にも話さないようにしているらしく、聞いてもはぐらかされる。そんな時は極秘を要する任務を与えられることも多いから仕方ないと思うし、ゲオルグの済まなさそうな顔が見れただけで良しとする。
 もしかしたら意外に自分は健気なのではなかろうかとカイルが思うのは、そんな時だ。
 装備をすっかり整えたゲオルグが、マントを羽織る。革で出来たマントは裾が長く、膝の裏あたりまでの長さがある。長すぎて戦闘中など邪魔にならないかと不思議に思うが、風を孕み、あるいは振り向き様に魔物を薙ぎ払う時など、マントの動きに目を奪われることも少なくない。幾度か補修をした跡はあるが、すっかり駄目になっていないのは剣の腕があるためか。
 胸当てにしても胴巻きにしても同じだ。ゲオルグの動きを阻害しない軽量のそれらの装備が著しく損傷することは、まずない。多少の怪我ならともかく、大怪我と言えるような怪我を負ったところは見たことがない。カイルの見ていないところで負傷した様子もないから、きっと今までもないのだろう。
「心配するだけ無駄かなー、とは思うんですけどねー」
「何がだ?」
「ゲオルグ殿のことですよー」
 行儀悪く椅子を跨いで、背に手と顎を載せてゲオルグを見つめる。行儀の悪さを咎められることもなく、マントを装備したゲオルグに頭を撫でられた。
「そんなことはない」
「えー?」
「誰かが心配してると思えば、不要な無茶は控えるさ」
 心配性が多いからなとゲオルグが笑えば、カイルは口を尖らせた。
「心配されるようなことをしょっちゅうするからじゃないんですかー?」
「例えば?」
「小隊を引かせるのに隊長御自ら殿軍で大立ち回り、とかー?」
「……いつの話だ」
 笑みに苦みが混ざったところを見ると、忘れてしまったわけではないらしい。
「そんなに前の話じゃないですよ。他にも、崖から落ちて骨折りかけたとか聞いてますし……オレは忘れませんからね?」
 真顔でゲオルグを見つめれば、懲りてない顔で肩を竦められた。
「死ななかっただろう」
「当たり前です! 死んでたら殺してやりましたよ!」
 なんだそれはと苦笑されても、カイルはいたって真剣だ。真面目な気持ちを茶化されてしまったような気がして、半ば怒り、半ば悲しみと、極端な思いに駆られる。
(なんでわかんないかな! 鈍過ぎるにも程があるんじゃないのー?!)
 さすがにカイルのあからさまな態度の変化はわかったのか、ゲオルグは真摯な表情でカイルの頭を撫でる。その程度で機嫌を直させようというのなら甘い話だが、カイルにはゲオルグが戸惑っているからこそ頭を撫でているのだとわかっている。戸惑っているのは、カイルの不機嫌の理由だろう。
 そこまでわかっているから、怒りもするし悲しみもする。
「ゲオルグ殿、まさか自分は死なないとか思ってないですよねー?」
「そんなことは思わないが。……この戦いが終わるまでは、死ねないさ」
 死なないと思っていないだけまだマシだが、マシだからといって良いわけではない。
「戦いが終わっても!……死なないで下さいよ」
 どうせまた「確約はできない」などと言われるのだろう。そんなことはわかっているが、どうしてこの男はもっと人を――カイルを安心させるような、喜ぶような、そんな言葉が言えないのだろう。それとも、そんなことを思ってしまうのは自分が口から先に生まれたような男だからだろうか。
 視界が水分で歪みそうになるのを堪えながらそっぽを向いていると、髪を乱すように頭を撫でられた。せっかく整えたのに、と抗議するつもりで顔を上げると、優しい顔をしたゲオルグに見つめられているのに気付き、言葉を失ってしまった。
「なるべく善処する。だから、そんな顔をするな」
 どんな顔をしていたというのだろう。咄嗟に自分の頬を撫でるが、それで顔が見えるわけがない。だが――そうだ、と気を取り直す。ゲオルグは出立前だ。次にゲオルグが戻ってくるのは、一週間か十日後。それまでこんな空気を引きずっていたくはない。
「…………はい。ゲオルグ殿、体に気を付けて下さいね」
「ああ。おまえもしっかりな」
「勿論ですー」
 先ほどまでの鬱々とする気持ちをどこかへ置き忘れたように微笑むと、ゲオルグと連れ立って部屋を出た。
 部屋の中で、閉まるドアとその向こうへ見えなくなっていく背中を見送るよりは、少しずつ遠くなっていくにしても余韻が残る外でのほうがずっと良かった。
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