5.甘いくちづけを

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 ゲオルグが任務のために本拠地から出た日の午後。
 王子の軍の中では今のところ唯一の正規の女王騎士であるカイルの日々は、それなりに多忙である。おそらく、太陽宮にいた頃より格段に忙しい。それが嫌だとも思わないのは、王家を好きで女王騎士になったカイルとしては当然のことである。
 今はとにかく軍主として頑張っている王子の力になるべく、軍全体が一丸とならなければならない。時には息抜きが必要だとしても。
 武術指南役は手が足りないと言ってもいい。ゼガイだけでなく、時にはカイルやベルクートなど剣を扱うことに長けた者も駆り出される。だから王子のお供をしていない時は、気軽に請け負った。
 体を動かしていれば、考えなくて済むことも多い。むさ苦しいなどと軽口を叩きながらも、どこか楽しんでしまうのはそのせいかもしれない。
「つっかれたー……」
 溜息を吐きながら、体を湯の中で伸ばす。ムルーンがミルーンのために設計した風呂は、かつて入ったことのあるどの風呂より心地良い。思わず居眠りしてしまいそうだ。
 ともあれ、疲労の原因は武術指南ばかりでもないのだが、表立ってそれを言い訳できるはずもない。
(体力つけないと、な……昔よりはあると思うけど、足りないよねー)
 人並み以上には体力があるつもりだが、仲間になった剣が達者な者たちを見ていると、どうも自分より体力がありそうな人たちばかりのような気がする。ゲオルグほどとまで贅沢は言わないが、今よりは体力をつけたい、と思う。
 人がいない時間を見計らって来ているので、夜も更けきっている。今回は王子のお供をしていないから、明日も今日同様に練兵へ駆り出されるだろう。戦いに慣れていない者たちを、せめて己の身を守れるくらいには武器の扱いに慣れて欲しい。無理だとは百も承知だ。
 こんな戦いは、早く終わるべきだ。
 ファレナ国内の内乱。ファレナの国外から見て一言で言い表すならそれが適当なのだろう。だが、ファレナの国民にとってはそれだけであるはずがない。国民やだいち、つまりは国を疲弊させるだけで、不毛でしかない。何年も続けば、きっと荒れ果てる。
「……強くなんないと……」
 そうでなければ何も護れない。強さがすべてとは思わないが、強さがあれば後悔の数も減るのではないか。そう思えてしまうのは、今の自分が弱いからか。
 口許まで湯につかると、手足を伸ばす。
 身の丈にそぐわない背伸びは疲れるものだと知っている。この戦いの中ですっかり大人びてしまったが、できれば王子の背伸びが少しでも楽になれるように努めたい。そんなことを考える自分はもしかしたら結構健気なのではないかと考えると、息を吐いて伸ばした腕にふと視線を落とす。
「…………げ」
 可愛げのない言葉を漏らすと、慌てて脱衣所の気配を伺う。――今の所、誰かがすぐに入ってくる気配はなかった。ほっと息を吐くが、落ち着いて入浴が続けられるはずもない。
(な、なんでこんなとこに……)
 薄ら色付いた皮膚。腕の、内側。
 打った覚えはない。というより、原因はひとつしか浮かばなかった。
「……ゲオルグ殿のバカー……」
 一体いつの間にこんなところへ。思い出すのは憚られた。
 これ以上、いつ誰に見られるとも知れない場所にいるわけにはいかない。問われるのも揶揄されるのも御免だ。風呂から出ると手早く体を拭き、夜衣を身に着ける。服を着てしまえば隠れてしまうが、一度気になってしまうとだめだった。
 幸い誰にも呼び止められず、ゲオルグの部屋へ入り込む。ベッドに座ってようやくひと心地ついた。
「まったく……」
 生地の上から痕が付いたあたりを撫でると、両の掌で顔を覆う。
 次に帰ってきた時には、言ってやらなくては。
「……キスする場所、違いますよー……」
 きっと、おかしなことを言うと笑うだろう。笑われたら、口付けをしてやるのだ。笑えなくなるくらいに、蕩けるほどの口付けを。そして、このお返しは必ずしなくてはならない。
 心にかたく誓うと、ベッドに潜り込んだ。目を閉じると、すぐに眠気が押し寄せてくる。
 願わくば、夢でも逢えますように。
 意識は眠りの淵へと滑り落ちていった。
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