3.あなたに触れる

お題配布→ゲオカイのためのお題配布所様 http://blue-water.topaz.ne.jp/theme.htm

 目を覚ました時、伴寝した人の体温があることに安堵する。なくなっていることがしばしばで、そのたびにほんの少しだけ気持ちが沈むからだ。気が沈むのを自覚するのが嫌で、勢い良くベッドから下りたのが前回の逢瀬。
 彼が彼自身に課した、また軍師から信頼されて託された仕事は、地味ではあるが重要な仕事であり、事の重要性を充分理解していないと張り合いがないに違いない。とはいえ武人であるならやはり、物騒な話だが戦場に出てこそ、ではないだろうか。
 もっとも、それは要らぬ世話や杞憂の類だ。戦いなどないに越したことがないのは、カイルもよくわかっている。戦っている相手は敵対国、例えばアーメスやナガール教主国ではなく、同じファレナの民なのだから。
 ともあれ、華美という言葉はゲオルグから程遠い。華やかは似合いだが、彼にはシンプルなほうが良い。
(女王騎士の装束でさえ、最初は困った顔をしてたな……)
 フェリドに装束を手渡された時、明らかに困惑した顔をしていたのは気のせいではあるまい。着て見せてくれた時には「こんなひらひらした服を着るのか」とぼやいていたものだ。その顔を見てフェリドと二人して笑ったら、いっそう渋面になった。もっとも、次の日からは何年も着ているような顔をしていたけれど。
 そんな思い出は、何年も前の話ではない。せいぜい一年前だ。それなのに、何もかもが懐かしい。胸の痛みの名を、カイルは知っていた。
 傍らで眠る人を起こさぬように寝返りを打ち、体を擦り寄せる。きめの細やかな肌はしっとりとしており、滑らかだ。カイルは気を付けて手入れをしているが、ゲオルグがマメに肌の手入れをしているとは思えない。生れつきだとしたら羨ましい話だ。
 強面なのに濃い睫毛は長い。それもギャップで、可愛いと思う。本人に言えば眉をしかめてしまうだろうけれど。
(そんなこと言うの、オレだけならいいけど)
 睫毛などよほど近くで顔を凝視しないとわからないだろう。他の人間がそんなにもゲオルグの間近にいるのは許しがたい。仲間なら、まだ仕方がないと我慢することもできるのだが。
 できれば嫉妬などしたくはないなと溜息をひっそり吐くと、シーツからあらわになっている肩のあたりに手を延ばす。熱の名残が消えた肌は、指先にするりとした感触。
 こんな感情は知らなかった。
 相手を縛るのも、縛られるのも嫌いだと思っていた。けれどゲオルグに対しては、縛ってみたいし縛られるのも構わないと思う。
(……きっと、そんなことしない人だってわかっているから、かな……)
 知らないままでいるのと、どちらが幸せだろうか。
 何とも言えないなとカイルは溜息を吐き、ゲオルグに身を寄せる。片思いのままだったなら、知らぬほうがよかったに違いない。だが今はそうではない。ならば幸せである場合もあるだろう。
 指先は顔へ移動する。半顔を覆い隠した、眼帯に触れた。眼だけではなく頬の大半も覆った布は、布地でなければ仮面だと思う。顔を隠しているのはどちらも同じだ。その下の顔を、眼を、見たことがない。右と同じだと理解していても想像できない。眠る時はおろか、風呂に入る時にすら外さないのだ。顔を洗うのは、も見ていない瞬間を狙っているのだろうが、ずいぶん大袈裟すぎはしないか。よほど醜い傷痕なのだろうか。
 気にならないといえば嘘になる。カイルを抱く間も外すことはないからだ。
 外して欲しいと思わないことはない。好奇心として、眼帯の下は気になる。だが、一度やんわりとだが拒絶されたことがある身としては、何度も断られたくはない。いっそ怪我を負った時になら、見せてくれただろうか。
(……オレ……馬鹿だなー……)
 大恩ある人に対してまで嫉妬とは何事かと、自分で自分を許せなくなる。愚かにも限界がある。これ以上考えて本気で自分を嫌いになる前に思考を切り離すと、ゲオルグの眼帯に口付けた。
「……楽しいか?」
「っ! お……起こしました? 起きてました?」
 慌てて体を離そうとすると、逞しい両腕に阻まれる。
「起きていた」
 あれだけ触れられればなとゲオルグが口許で微笑む。珍しくまだ眠いのか、眼は閉じたままで、緩慢な動きも珍しかった。いったいいつから起きていたのかと思いながら、大人しく頭を胸元に預けた。
「誘うでもなさそうだったからな……」
「……あれだけやれば充分ですよ……」
「…………本当に?」
 笑みを含んだ言葉に抗議しようと顔を上げて――挫折した。
「………………どうでしょうねっ」
 それだけを言うと、ゲオルグの体を抱きしめた。笑ったのが振動で伝わったが、今のカイルには到底抗議できそうもない。
(反則だ)
 あんな、甘い顔で微笑むなんて。
 寝起き、というより眠りをカイルによって中断されて、いつもより頭が働いていないせいかもしれないが。あんな顔をされては何も返せない。
 カイルの様子を何と受け取ったのか、再び眠りにつくまで、ゲオルグはカイルの頭や背を撫でていた。
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