1.傍らの人

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 初めは、もっと粗野で横暴な人なのではないかと、カイルは思っていた。
 北の大国、赤月帝国で将軍として抜擢されて勤め、王位継承に関する内乱の勝利に貢献した男だ。多くの将軍を知っているわけではないが、今王子の下に集っている仲間の中で例えるならボズのようなタイプが近いと、勝手に想像していた。
 フェリドが知っているのはあくまでゲオルグの少年時代であり、その先どう成長したかなどわからない。歳月は人を変えてしまうことをカイルは知っている。
 離れた地の噂は尾ひれは勿論、背びれ胸びれまでついて歪められるものだからだ。例えば、己の戦績を鼻にかけるような高慢な男だったとしても、実際の戦績が華々しいものならそちらばかりが誇張される。人間性まではなかなか正確には伝わらないからこそ、警戒した。
 ところが実際はそうではなかった。
 親しくなるにつれ、実は鷹揚で優しく、落ち着いた人なのだとわかった。男らしい精悍な顔はどちらかといえば強面で、だから余計な警戒もしてしまうが、女性に対しての愛想は悪くないし、かといって男に悪いわけでもない。ゲオルグの人となりをすぐに理解したらしい王子やリオンもすぐに懐いてしまった。
 仕事もそつなくこなすから厳格なザハークやアレニアと衝突することもない。剣技は女王騎士の中でもフェリドと競るほどだし、武術一辺倒かと思えば実務もそつなくこなす。当然フェリドにも頼りにされ、一般の兵士たちには武術指南で接する機会があるせいか、尊敬や憧れの目でも見られているらしい。まったく、文句の付けようのない優等生だ。
 女王騎士でなければ、およそカイルとは縁がない男。
 ベッドの上に両肘でわずかに起こした上体を支えながら、ちらりと隣で穏やかな寝息を立てるゲオルグに視線を落とした。月明かりに輪郭を滲ませている無防備な姿。日中にはおよそ見られない隙は、限られた人間にしか見られないもの、だと思いたい。
(まー、そもそもこういう状況にいられる人自体が限られてるだろうけどー)
 例えば過去にゲオルグと褥をともにした女性なら必然的にあるだろう。――あるいは今も。アルシュタートと結婚する前、一緒に旅をしていたフェリドなら、野営中や宿でもありえたかもしれない。
 けれど今、ゲオルグの部屋で、彼のベッドで、彼の顔を眺めているのは間違いなくカイルひとりきりだ。その事実はカイルに優しい笑みを浮かべさせる。
 まさか男と同衾してこんな気持ちになるとは思わなかった。
 不覚といえば不覚に違いない。元々女性と浮名を垂れ流していたのだし、今も女性から得られる柔らかな暖かさは至福だと思っている。だがこの男から与えられるものも、それとは別種の心地良さがあり、手放しがたく思ってしまっていた。
(あーもー、何やってんだろーねー、オレって)
 時折自分自身に呆れることもある。それを微苦笑で流し、暖かさを抱きしめてしまうことにはもう慣れた。
「っ!」
 不意に伸ばされた手に頬を撫でられ、硬直した。ゲオルグの顔を見れば、片方だけの金色の瞳には笑みが滲んでいる。
 もう片方の眼は、つれなくも不粋な眼帯に隠されている。何も眠る時まで付けていなくても良さそうなものだが、それがゲオルグの信念、あるいはその類であるなら、カイルが口を挟むことではない。
 眼帯の下がどうなっているのか、訊ねたこともなかった。
「……楽しいか?」
 カイルの頬に手を宛てたまま、ゲオルグが問う。どうしたって隠せない眠気が覆っているようだが、仕方がない。まだ夜明けまで間は空いていた。
 頬の手を包むように握ると、掌に口付ける。ぬるまった掌はところどころ皮膚がささくれ立っている。その感触を唇で感じた。
「楽しいっていうかー、……幸せを実感っていうかー」
「なんだそれは」
「じゃ、楽しいってことで」
「よくわからんな……」
 ゲオルグの親指の腹が、壊れ物にするように頬を撫でる。代わりのようにカイルはゲオルグの手の甲、節張った指を撫でた。この暖かな手が数刻前にはカイルを狂わんばかりに乱したのだとは、にわかに信じがたい。
 その時のことを思い出せば、頬が熱くなる。
(明かりがついてなくて良かった)
 もしついてれば、頬を染めた理由を問われただろうから。
 月明かりは透き通った蒼さで、頬の赤みを消してくれているはずだ。それでも視線を逸らすと、カイルは小さく呟いた。
「滅多に見られないもの見たなーって」
「そうか?」
「オレ以外の人は、ですよ?」
 カイルの自惚れた台詞に、ゲオルグは口元を綻ばせた。カイルはそれに見惚れてしまう。
 ふとした瞬間の柔らかな表情の変化を見付けるのも、カイルは好きだった。この男の本心が、不意に漏れ出したようで。そのたびに胸は高鳴り、己はつくづくこの男が好きなのだと思い知ってしまうのだが、それも嫌ではない。
 頭をそっと引き寄せられ、触れ合うだけの口付けを与えられる。お返しに、乾いた唇へそろりと舌を滑らせた。
「……おまえ以外に、見たいと思う奴もいないだろう」
「何言ってるんですか。モテモテでしょうに」
「大勢にちやほやされたところで、嬉しいとも思わんぞ」
「うわーさいあくー」
 顔を顰めたカイルと対照的に、ゲオルグは困ったような、それでいて優しい表情をしていた。
「……おまえがいれば、それでいい」
「えっ?」
 間抜けた顔を晒すより早く、ゲオルグの胸に抱きこまれる。正面から息苦しいほど抱きしめられた。
「ゲオルグ殿ー?」
 くぐもった疑問の声に、返事はない。
 ぺたりと密着したゲオルグの肌は暖かく、鼓動はわずかに早い。顔を上げようとすれば、逞しい腕に妨害された。
(……もしかして、)
 照れているのだろうか。
 鼓動が早いのはそのためだろうか。
 ――ゲオルグほどの男が?
 そう思うと、カイルの胸も高鳴った。
 照れるゲオルグなど、この世の何人が見たことがあるだろう?
 いや、今までのことなどどうでも良い。今カイルの目の前で照れているゲオルグは、カイルだけのものだ。
 紙が水滴を吸い込むように、暖かいものがカイルの胸に広がる。
「……ゲオルグ殿、かわいー……」
 呟けば、乱暴に頭を撫でられる。「でも、」
「あんまりそんな可愛いところ、誰にも見せないでくださいねー?」
「……何を言ってるんだ、おまえは」
「だって。これ以上ゲオルグ殿に惚れる人が増えたら困るじゃないですかー」
 ゲオルグの首に両腕を回すと、しっかり抱きついて鎖骨に口付けた。
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