不良騎士01/金色

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 目が覚めて、自分がどこにいるかわからない。
 そんな経験は、ゲオルグにはほとんどない。少なくとも、二十歳を越してからはなかったはずだ。
 戦場なら即座の判断が要求されるし、野山でも、どこに怪物が潜んでいるか即座に見付けなくては命に関わる。そんな生活を繰り返してきたため、目が覚めて自分がどこにいるかわからないことなど、なかったのだ。
 まして、昨晩の記憶がないなどという事態は、ありえなかったと言って良い。
 ――今までは。
「…………」
 目を覚まし、体を起こしてから数秒ほどの忘我。腕の中で眠っている者が全裸だったなら、さらに長く茫然としていたかもしれない。
 幸いにして隣の人物が服を着ていたため、やがて隣に眠る者が誰であるのか、何故隣にいるのか、遅まきながら思い出した。
 ……ああ……、
 昨夜は相当呑んだ。女王騎士になってからは控えていた酒だが、フェリドやカイルに誘われ、鯨飲と言っていいほど杯を重ねてしまった記憶がある。もっとも、約一名は途中で潰れてしまったが、無理もないほど飲んだ。記憶があるのが奇跡的だと言って良い。
 その潰れた男を担いで帰って来たのだ。男の部屋まで運ぶのが面倒になって、自室まで。隣に寝かせたのは、さすがに床に転がすのは気が引けたことと、風邪を引かれては困るからだ。下着にしたのは、まさか女王騎士の装束のまま寝かせるわけにもいかなかったからだ。
 思い出せたことにほっとし、水差しとグラスに手を延ばす。一口飲み、眠りを貧る男を見下ろす。ゲオルグに背を向け、枕を抱きしめていると、ふて寝しているようにも見える。彼の語尾を伸ばす口調を思い出し、口元を緩めた。あの口調を軽薄だと非難する者もいたが、ゲオルグ自身は気にしていない。改まった場で改まった口調になっていれば、問題はない。
 窓から入る朝陽を受け、きらきらと輝く髪は蜂蜜のよう。やや薄いとはいえしっかりした背や肩、腕は下衣からでもわかる。
 フェリドはカイルの剣の腕と人となりを相当買っているが、ゲオルグにしても同様だ。剣技は誰かに師事したわけではないと本人は言っていたが、流麗な剣捌きは剣舞を見ているようだった。手合わせをしても、軽い動きより重い剣に驚かされる。見た目通りの男ではない。だからこそ、女王騎士になれたのだろう。
 だが、昨夜は思いがけず、酒癖の悪さに驚かされてしまったのだが。
「……面白い奴だ」
 昨晩の酔っ払った様子を思い出し、笑いかけたところで、長い金髪が揺れた。小さく唸り、身じろぎする。
 ようやくお目覚めか。
 ごろりと寝返りを打った青い目と、視線がかちあった。
「……わあっ!? げ、ゲオルグ殿っ!?」
 なんでこんなところに、と上体を跳び起きさせたカイルに苦笑する。
「……ここは俺の部屋だ」
「え?」
 言われてあたりを見回し、茫然としながらも納得したのだろう、「ほ、ホントだー……」と呟きを漏らした。続いてのカイルの言葉を待つまでもなく、グラスに水を注ぎながら口を開いた。
「昨晩は飲み過ぎたようだな。潰れたからここまで運んだ」
 おまえの部屋はちょっと遠かったからな、と付け足してグラスを差し出す。カイルは戸惑いながら、差し出されたグラスを受け取った。
「え? あ……すみません……」
「その分だと、二日酔いの心配はなさそうだな」
「……ご迷惑をおかけしましたー……」
 気にするな、と笑い、金の髪を差す。カイルは首を傾げるが、「ぼさぼさになっている」と教えてやると、慌てたように髪を解いた。肩甲骨の下まで伸ばされた髪が広がる。
 手櫛で整えながら、カイルは小さく頭を下げた。
「……見苦しいところばかりで……」
「いや? 綺麗なんじゃないか?」
「…………は?」
 片手で髪を整えつつグラスを持ったまま、ぽかんとゲオルグを見上げるその顔は、やはり年齢より幼い。ゲオルグはふと笑うと、整えきれていない頭をぽんぽんと撫でた。
「おまえの髪だ。王子と一緒にいると、太陽と月みたいだな」
 金が太陽で銀が月。二人とも日の光を受けると、きらきらと輝いていた。
 誉め言葉のつもりだったが、カイルはがくりと肩を落とす。
「…………ゲオルグ殿ー……それは女性に言ってあげたほうが……」
「ああ、すまん。他に金髪の者が、周りにいないからな」
「そういう問題ですかー? ゲオルグ殿も相当女性を口説いてるでしょー?」
「そんな暇あるか」
「えー? ホントですかー?」
「おまえには負けるさ」
 納得いかない様子のカイルに苦笑しながら「早く仕度しないと遅れるぞ」と言うと、ゲオルグはベッドから立ち上がり、服を着替える。カイルは曖昧な笑顔を浮かべ、
「オレは湯を浴びてきますよー。ご迷惑おかけしました」
 頭をひとつ下げ、グラスを置いて女王騎士の装束を持って出て行った。
 面白い奴だ、というゲオルグの呟きは、おそらく赤く染まっていた耳には届かなかっただろう。
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