――わかりやすい男だ。
それが年下だが先輩にあたる女王騎士への印象だった。
くるくると表情は目まぐるしく変わるが、基本的に笑顔でいることが多い。その笑顔はおそらく処世術のひとつなのだろう。
フェリドから前もって聞いていた話によれば、カイルは理由はわからないが幼い頃に両親を失い、レルカーという街の顔役のひとりに面倒を見られていたらしい。その故郷も16で飛び出し、たまたま始まった隣国との戦争で目覚ましい活躍を見せ、フェリドが抜擢した。
平民出身の人間をフェリドが召し上げるのは珍しいことではないようだが、貴族の中には快く思わない連中もいるだろう。何しろ女王の夫であるフェリドに対する不満すら、影で言い合うような連中だ。フェリドのやることなすことのすべてが気に食わない狭量な人間も、いないわけではない。
そんな場所にいなくてはならないのだから、フェリドのような強心臓の持ち主でなければ上手い具合に王宮生活を乗り切る術を身につけるはずで、それがカイルにとっては笑顔なのだろうとゲオルグは勝手に理解していた。
だから本当は、わかりやすい男ではない。むしろ難解な男だ。
それがわかってから、ゲオルグはカイルに対する認識を改めた。彼のような人間は、本来なら苦手の部類に入る。本心が見えないからだ。見えるようで、決して見えない。わかっているのはせいぜい、女性が好きであることと、王家の人間のことが本当に大好きで、だから窮屈な王宮にいるのだということくらいか。
それだけわかっていれば問題はない。同僚としてやっていく分には。
「あのー、ゲオルグ殿?」
戸惑いがちにかけられた声に、ふと我に返る。目の前では当のカイルが、困惑した顔でゲオルグを見ていた。
「……あ?」
「何呆けてるんですか人の顔凝視しておいてー」
女性だったら大歓迎なんですけどー、と苦笑するカイルにつられるように苦笑した。傍らに当人がいるにも関わらず思考の海に溺れるなど、ゲオルグらしくなかった。だが上手い言い訳が見付かるわけもなく、正直に頭を下げる。
「ああ……すまん、考えごとをしていた」
「オレを見ながら考えごとは止して下さいねー。睨まれてるのかと思いましたよー」
頭なんか下げないで下さいと申し訳なさそうに言われ、ようやく上げればいつもの笑顔だ。見ているこちらも、思わずつられそうになるような。
己の顔の造作くらいは知っているから、顔を緩ませる前に話題を変えた。
「……今日は女のところには行かなくていいのか」
「今日はね、お休みでーす。ちょっとこの前、修羅場になりかけたので冷却期間っていうかー」
「意外だな。そんなヘマもするのか」
「オレを何だと思ってるんですかー?」
「深入りする前に離れる男、かな」
言った後でしまったと思った。カイルの視線に棘より鋭いものが含まれたからだ。しかしそれは一瞬のことで、カイルはまたすぐにいつもの笑みを口元に刷く。
「やだなあオレを何だと思ってるんですかー」
そうして「だからオレの暇つぶしに付き合ってくださいねー」とカイルが言うのに、ゲオルグは反論しなかった。その暇つぶしが終われば、もしかしたら当分は傍に寄ってこないかもしれない。だがそれはある意味自業自得なので仕方がない。
胸の内で溜息を吐くと、カイルがねだる通り、異国についての話を始めた。