離れの淵に腰掛けると、脚を投げ出して宙にぶらつかせた。
夜半。誰も彼も寝入っており、静寂を遮る風さえない。月明かりと星明かりを穏やかに映した湖面を、カイルはひとりでぼんやり眺める。
後ろに手を付き、動かずにいる様は、黙っていれば彫像のようだった。
「…………うーん……」
「何を唸っているんだ」
背後からやってきた人物が声をかける。驚かなかったのは、彼が気配を消していなかったからだ。
カイルは上体をのけ反らせて背後の人物を振り返ると、予想通りの相手ににこりと笑いかけた。
「おかえりなさい、ゲオルグ殿」
「ただいま。何かあったのか?」
「いいえー、何も」
頭を振り、いつもの笑顔を浮かべる。ゲオルグは不審そうな表情で、胸の内を読み取ろうとするようにカイルを見つめた。
やがて小さく表情を和らげると、カイルの頭をひとなでし、隣に立つ。
「寒くはないのか」
「先程、露天風呂に入ったばかりだから、大丈夫ですよー」
「湯冷めするぞ」
苦笑するゲオルグに腕を取られ、やや強引に立ち上げられた。ほとんど変わらない位置にある双眸は、月光の下でも金に輝く。
「何だ?」
「いい色だなーと思って」
「自賛か?」
「?」
笑うゲオルグに首を傾げれば、すっと伸ばされた手が、カイルの長い前髪を梳いて離れた。
「……同じ色だろう」
「そういえば、そうでしたね」
これも何かの縁だろうか。
「そういうことも、あるかもしれないな」
王子の許に集う人々。今は仲間として同じ屋根の下にいる者たちすべてが、最初から友好的だったわけではない。
今、この国を、民を救わんとする王子に人間的魅力があったのは勿論だろうが――
縁があったから。
そうとしか言えない仲間もいるだろう。
例えば、カイルの目の前にいる男。彼はフェリドに招かれなければ、この国を訪れ、こうして語らえていたかどうかはわからないのだ。カイル自身にしても、レルカーで無頼のような日々を送っているだけの若造だったなら、ここにはいなかったはずだ。
それを思えば、縁か何かわからないが、そういう類のものに感謝のひとつくらいしても良いかという気になる。
「……オレ、この髪でよかったなー」
「髪で好きになったわけじゃない」
「知ってますよー」
でも、この髪の色も今のゲオルグとの関係を作る要因のひとつになっているのなら。
よかった、と心から思う。
数々の不幸が起こらなければ、もっとよかったのだろうけれど。
「戻るぞ」
背を軽く叩くと、塔へと脚を向ける。「はーい」と返事をして、カイルはゲオルグの後をついて彼の部屋へ引き揚げた。