航海日誌をつけ終えたシャンクスは、自室を出ると隣室の副船長の部屋を一応ノックし、返事が返るより先にドアを開いた。
「アンタか」
「何してた?」
「銃の手入れでもしようかと思っていたところだ」
「じゃあ暇ってことだな」
勝手に断じると、ベッドに腰を下ろす。他に座れる場所がなかったからだ。
足をぶらぶらさせていると、ベックマンに「アンタも暇なんだな」と揶揄される。否定はしない。事実だからだ。
海賊が暇だということはつまり、航海が順調であるということ。それは確かに喜ばしいことなのだが、あまり暇が続くのは良くない。必ず暇だった反動のような事件が起こるからだ。事件の中心にいるのはだいたいシャンクスで、そのせいで事が大きくなりすぎたこともないわけではない。
当の本人に改める気がないのも周囲が迎合する人間なのも問題だが、それでもなんとかなるのだから、そら恐ろしくもある。
副船長にしても、シャンクスの船から下船する気配がないあたり、実は同類なのだ――とは、誰も言葉にしない共通認識だ。
サンダルを投げ出してベッドに寝転がると、ベックマンの横顔を眺める。こめかみの十字傷も、そういえば航海日誌に付いた由来を書いてある。自分が片腕になった日のことも。
思い返せば様々なことを乗り越えて、今ここにいる。
過去があってこその今だ。
「……おれも歳をとったなァ」
「なんだ、いきなり」
「たまには感傷に浸ったっていいだろ」
「嵐がくるから止めてくれ」
「やりすごせばいいだろ」
嵐なら今までに何度も遭遇した。そのたびに総員で乗り切って、逞しくなった。嵐に乗じた敵船の攻撃を受けることもあったから、少々のことで動じるようなか細い精神は持ち合わせていない。
誰より図太い船長に影響されてのことだと、副船長は気付いていた。
仰向けに転がり、組んだ足をひらひらさせると、シャンクスは笑った。
「昔の日誌を見てたんだ」
「あんたが過去を振り返るタイプだとは思わなかった」
「たまたまだ。――そしたら、相変わらずおまえの名前があちこちに出てくる」
副船長に怒られた、副船長が敵の頭を撃ち取った、副船長の予測によると――等々、枚挙に暇がない。
「思わず一冊で何回おまえの名前が出てくるのか数えたくらいだ」
「数えたのか」
「そこまで暇じゃねえ。つか、半分も行かずに止めちまった」
多すぎる、と憤慨とも取れる言い方をするが、口許は笑ったままだ。
「で、昔に限ったことなのかって、気になるじゃねェか」
そうして、最近の日誌を引っ張りだして捲ってみた。
「……結果は?」
「頻度は減ってたが、内容はあんまり変わらねェ」
頻度が減ったのは、単純に昔と比べて仲間が増えたからだ。彼らについて書くことも増えた。だからといって古参の仲間について書くことが減ったのかといえばそうでもない。
簡潔に書こうと思えば書けるだろうが、味気ないように思えてしまい、結果として文量が増える。
「……そうか。それで?」
「長い日誌を書いて疲れた船長を癒してやろうって気は起きねェのか?」
シャンクスの言葉に、ベックマンは腹の底から深い深い溜め息を吐いた。
「たまに、ちょっとはいいことを言うと思ったおれが間違ってた」
「なんだァ! 白けるなよ!」
「そんなんだから、女にフラれるんだ」
「どういう意味だ!」
きっとベックマンを睨むが、効果がないのは彼が煙草を吸ってふと笑んだことでわかる。
「口説き下手」
おまけに情緒もない。
落第点だと断言されたシャンクスがどういう行動を取るのかまでベックマンにはわかっていながら、悠々と吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付けた。