44/連鎖反応

 誰もいない部屋の中、カガセオは何かに引かれるように顔を上げた。
 そのまま立ち上がって薄暗い部屋を出ると、迷いなく足を進める。
 カガセオが行動できる範囲は狭い。だが幸いにも、目的地は行動範囲内だった。
「梅原……大仰すぎるだろう」
「しょーがないですよ。それだけの怪我なんですから。見えないようにしときますって。バレたらうるさい人もいるし」
「まぁそうだが……」
 苦笑する真世と、ふと目が合った。
「カガセオ。……また抜け出てきたのか」
 どうしてそう、幼子に手を焼かされているような表情をするのだろう。カガセオにはその理由まではわからず、首を小さく傾げた。
「……怪我をされたのですね」
「たいした怪我ではない」
「先程の梅原様のご様子では、そうと思えません」
「…………」
 よく見ていると梅原の唇が動いたような気がしたが、見ないふりをした。
「怪我をしたことを咎めるつもりはありませんし、誰に告げるつもりもありません」
「では、どうして出てきた?」
「貴方の霊気が弱まったように感じられました」
「…………」
「だから気になったのです。……顔色も悪い」
「怒っているのか?」
「梅原様、私は怒りません」
 そういった感情はわからない。
 怒りようがない、と言った方が正しい。
「では、疑問はもう解消されたろう。戻れ、カガセオ」
「その前に」
「……?」
 まだ何かあるのかとカガセオを見上げる真世の間近に寄ると、顔を近付けた。
 顔を覗き込んで、数秒。
「カガセオ?……っ!」
 軽くくちびるを触れ合わせただけで、そんなに驚かれることをした覚えはない。
「どうしたのですか、真世」
「お前……っ、こういうことはみだりにするなとあれほど……!」
「みだりにはしていません」
「人前でするな! 梅原が固まっているではないか!」
「そうですか。それは申し訳ないことをしました」
「……もういい。下がれ」
「失礼します」
 真世の溜息を袖で払うように翻す。後ろではしばらく賑やかなやり取りが続いていたが、いずれ誰かに見付かるのではないか。見付かったとしたら、またそれは賑やかな事態を引き起こしそうだ。
 呑気にそんなことを考えながら、また部屋へと戻っていった。
>>> next   >> go back