42/理解と納得の違い

 空の青さが目に眩しい。
 自分の目で確かに見ているのだと思うと、喜びもひとしおだ。
「総士!」
 背後から咎めるような声。駆けてくる足音。一騎だとすぐにわかると、内心で苦笑した。
「どうした、一騎」
 何かあったのか。問うと、やって来た時の勢いはどこに飛ばしたのか、
「別に……、何もないけど」
 と言って、防波堤に座る総士の隣に腰を下ろす。
 ここ数日――いや、『帰って』きてからずっと、一騎は総士の傍を離れようとしない。姿が見えなくなると今のように探してはどこに行っていたのかと責めるように問い詰めてくる。
 それが嫌だというわけではない。
 二年もの間、無意識下にクロッシング状態にあったとはいえ、離れていたことは事実。顔が見られない、触れない、きちんと話ができない不安、それらを総士が実体を伴って帰ってきたことで解消しようとしているのかのだろうと、理解はできる。
 けれど、何も四六時中、傍にいようとしなくてもいいのではないか。
「みんなは?」
 問うと、ますます一騎の機嫌は下降を辿る。意味がわからず、総士はおろおろするばかりだ。
「一騎? 何か、あったのか」
「総士は、みんなのことばかりだ」
「えっ?」
「俺が、いるのに。みんなのことばかり気にする」
 そう言ったきり、一騎は黙りこんで顔をこちらへ向けようともしない。
 疑問符を頭に浮かべた総士はどうにか会話の糸口を探る。
「みんなのことを気にするのが、気に入らないのか」
「……違う」
「おまえのことを気にしないのが気に入らないのか」
「…………」
 完全な沈黙。どうやらビンゴだ。
 一騎に気付かれないように、口許を緩ませる。
 どうしてそんなことを思うのか、問うのは容易い。けれど今は問わないでおく。
「馬鹿だな……」
「うるさい」
 一騎にも一応自覚はあるらしい。それが救いといえば救いか。
「みんなが、僕の帰りを喜んでくれた。僕もみんなに会いたいと思うのは、わがままか?」
「……ったじゃないか」
「え?」
 聞き取れず、聞き返すと一騎は不機嫌な表情を隠そうともせず、総士を真っ直ぐ見つめる。
「俺のところに帰ってくるって、言ったじゃないか」
「それは……、……ちゃんと帰ってきただろう」
 嘘にはならなかった。その事実が嬉しいと思うのに、一騎はどうして頬を膨らませるのか。
「……おまえ、帰ってきてから、ずっと誰かが周りにいるだろ」
 帰ってきたはいいが、本当に皆城総士本人なのかを確認するために様々なメディカルチェックやケア、テストも受けた。大人たちがまず放っておかず、続いてクラスメイトたちが総士を囲んでいた。
 そういえばひとりになる時間はアルヴィスの私室で寝ている時くらいのものだったと、数日を思い出して不思議な気持ちになる。
「ゆっくりする時間も、なかったじゃないか」
「今ゆっくりしている。大丈夫だ」
「そういうことじゃなくて……」
 もどかしそうな一騎に、総士は笑った。
「今は二人きりだろ? それじゃダメなのか」
 言われた一騎は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をし、次いで嬉しさを不機嫌で誤魔化したような、複雑な顔をした。
>>> next   >> go back