「安い挑発に乗るなよ」
おまえらしくもない、とシャンクスに喉の奥で笑われ、ベックマンは仏頂面になる。
「看板がどうであれ、大事なのは中身だろ」
「その看板に魅かれてやってくるヤツだって多いだろうが」
「そんなごたいそうなもんじゃあねェけどな」
「掲げてる以上、それじゃ済まされねェ。旗を汚されたようなモンだ」
「……なるほど」
その言葉は、なんとなくわかるような気がした。
たかが旗だが、そこに籠められたものは「ただの旗」ではない。様々なものを背負って立つことを表した心意気、決意表明、信念――海賊として大切なものが籠められた旗だ。だから汚されれば怒るのは当然のこと。
日頃鷹揚に構えているシャンクスにしても、海賊旗をバカにされたら同様だろう。それが副船長であるベックマンや、他の仲間にしてみれば、シャンクス自身のことにも及ぶというわけか。
思わず笑いそうになったのは堪えた。
「……たいしたことをしてるわけじゃあねェんだがなァ……」
したいことをしているだけだが、どうも周囲はそれだけに留めてくれないらしい。まったく、好きなようにすればするだけ窮屈になってしまうなんて、まったくひどい世の中だ。
寝返りを打つと、ベッドに頬杖をつく。脇の窓から見える街並みはシャンクスの位置からは見えないが、おそらくは平穏そのもの。束の間でも、平穏なのは良いことだ。ただし気は抜けないが。
ベックマンがベッドの端に腰掛けた。スプリングが小さく軋む。ちらりと顔を向けると、いつもの顔で煙草を吸っている。
「せっかく陸に上がったってェのに……」
「いつものことだろう」
「そうじゃねェよ。平和になるとヤる気が起きねェなって話だ」
「……あんたが?」
「おまえは?」
「今のところは特に変わりナシってとこだ」
「気が合うな」
あははと笑い、体を捻るとベックマンの腰に抱きついた。