陽が暮れる。
夕焼けに空も海も瞼の裏朱に染まり、いっそ神々しさすら感じる時間だ。ベックマンは目を細め、船尾にいるシャンクスの背を見詰めた。その背が何を考えているのか。おおよその見当はついていたとしても、こちらからは言い出さないのがマナーだろう。
さりげなさを装い、近付く。気付いているはずだ。だが、振り向く様子はなかった。他人を拒む背ではないことを確認し、声をかける。
「……ルゥが探してたぞ」
「…………」
赤髪は答えず、船が波を切る音が行き過ぎていく。後ろのほうで船員たちが騒いでいる声がわずかに聞こえた。
「考え事の最中だったか?」
「……んー……いや、そういうわけじゃねェけど……」
「邪魔したか」
「それも違う」
小さく頭を振ったシャンクスは、苦笑した。
「いつまでも慣れねェなと思ってよ……」
「ああ……」
やはり。逝った者のことを考えていたのか。
情が深いのはシャンクスの美点だ。アダになることがないわけではないが、それがなければ今の赤髪海賊団はなかっただろう。アダすらバネにして、この男は成長するのだ。
無理に慣れようとしなくて良い。仲間の命の大切さ、重さを理解しているということだから。
そしてそんな船長だから、仲間が慕い、着いていく。
「……今日逝った連中は、幸せだな」
言うと、シャンクスはあからさまに怪訝を顔に浮かべる。ベックマンは口許を煙草を銜えたまま、緩めた。
「あんたに心酔していた連中が、他の誰でもない、あんたに死を悼まれているんだ」
好きな相手に想われる。
これが幸せでなくて何だというのか。
しかし、真剣な言葉はシャンクスに鼻で笑われてしまう。
「バッカだな……死んじまったら、せっかく戦いに勝っても酒が呑めねェじゃねェか!」
それだけではない。この先もないのだ。シャンクスがどれだけ笑おうと泣こうと怒ろうと新しいものを見ようと、彼らはもう共に同じものを見る機会はないのだ。
真面目に主張するシャンクスに、つい表情が緩む。
「……なるほど」
「馬鹿にしてるだろ」
「してない」
「それならいいけどよ……」
納得いかないようだが、追及はない。感傷に浸っていた効用か。ベックマンは苦笑し、シャンクスを促して前甲板へと戻る。感傷を吹き飛ばす宴の準備が、着々とすすんでいた。