ライトが車道を照らす。路面に弾ける雨が、まるで噴水か何かのように見えた。
冬の雨は冷たく、濡れれば体を芯から冷やす。いつまでも傘をささずに立ち尽くしていれば、風邪を引くのは明らかだった。
それでも、下村はそうしていることを選んだ。絶え間なく身を打つ水滴が心地いいと感じたからでもあるし、体を冷やしたかったからでもある。他の理由は、思考の外に追いやった。
星の見えぬ漆黒の夜、黒のシャツにジーンズ、刺が付いたままの赤黒い薔薇を一輪、かじかむ指に。
弔いの姿など、これで充分だ。なまじ黒のスーツなど着ていたら、何かの嫌がらせか、などと夢で言われかねない。――逢えるのなら、それでもよかったのだが。
上向くと、勢いのある水滴が面を打つ。
あんな男ですら死ぬ。
そんなことは知っていたはずだった。
「……叶さん……」
どうした坊や、と下村に応える声が聞こえる気がした。声はまだ覚えている。厳しい表情も、ふと微笑んだ時の空気の柔らかさも、存外あたたかかった手の温度も――肌の熱も。
時折それらのことを思い出しては、落ち着かなくなる。まりこのことは思い出として整理できているのに、叶のことだけは片付けられない部屋のようだ。
あの男のことを詳しく知っている訳ではない。付き合いの長かった宇野や川中、坂井のほうがよほど知っているだろう。それにも関わらず、いつまでも片付かない。
生きていれば文句のひとつでも言えるのに、相手が死者では何もできないではないか。
――生きていれば。
「…………何かわかったかな……」
答えて下さいよと口の中で呟いても、声は届かない。
天を見遣れば顔に雨粒が降りかかる。薔薇を強く握った。棘が手の平に引っ掛かったかと思うと、皮膚に食い込む。伝う雨に混ざって足元に落ちるが、血溜まりにはならない。
いや、と何かを否定する。叶がどんな人間だったかなど、どうでもいい。自分が知っている叶が、自分にとっては気になる叶なのだから。その理由さえわかれば、誰かから見た人となりなどどうでもいい。
岸壁を歩く足音は雨音に掻き消される。闇と同じ、黒い海が下村の目の前に広がる。
墓の場所など知りたいとは思わなかった。
ただ、花を贈るならここが似合いだろうと思っただけだ。
冬に逝った男に、夏にもかかわらず花を贈るのはおかしいか。下村でも考えなくはなかったが、贈りたい時に贈って何が悪いのかと開き直った。雨には降られたが、花は咲いたままだ。誰もいないのはかえって好都合と言えた。
――届きますように。
花に込めたものが、地獄にも届けば良い。返事はきっと、夢の中でしてくれる。そうしたらもっと頻繁に会えることも、あるかもしれないのだから。