寝ている男を擽ってやった。隣で寝ていて手近だったからだ。理由を問われたとしても、他に理由はないから答えられない。
「…………つまんねェ」
少々腕を擽ってやったくらいで起きるはずもなく、男は長身をベッドに横たえたまま、瞼をぴくりとも動かさなかった。寝息も深く静かで、今起こすのは少々骨が折れそうだとわかる。そのほうが悪戯するには好都合ではある。
仮に起こしたら起こしたで、文句のひとつも言われるのは間違いない。できればそれは避けたかったが、起きなければ物足りなさを感じてしまう。
勝手だとわかっているが、仕方ない。ここで仕方ないと断じてしまうから、ちっとも直らないのかもしれないが、シャンクスとしては直すつもりもなかった。
「よく寝てやがるなァ……」
眠れる時に眠るのは良いことだ。海賊でなくとも海の上では昼夜問わず、何が起こるか知れたものではない。多くはないが、安眠を妨げられることがないわけでもない。そんな時はすぐに起きられたほうがいいに決まっているため、眠りは必然的に浅くなった。
船で航海している間、この男の眠りがさして深くないことは知っている。本人が意図しているかどうかはわからないが――シャンクスや船医は性質の問題だと思っていて、他の幹部は性分だと思っているが――皆、なんとなくそれを知っていた。
だから陸に上がり、宿でこの男の熟睡を見られるのは、本当は嬉しいものなのだ。
「ほーんと、油断してるよなァ……」
音を立てず、ひそやかに笑って空気を震わせる。
警戒心の強い野生動物を飼い馴らしたような気にさえなりそうだ。寝ている間だけの話だが。
この男なら、黒豹だろうか。――毛並みが黒だから。
シーツに散らば髪紙へ指を伸ばし、指先で櫛けずる。日に焼け、水分が飛んで毛先がぱさついていても、滑らかさを失っているわけではない。摘んだり梳いたりと一通り弄ぶのに満足すると、指を離して男の頭を撫で、またシーツに潜り込んだ。
夜が明けるのは、まだもう少し先だ。それまではもう一眠りして、この男に起こされてやるとしよう。
鷹揚に考えていると、すぐに眠りの淵へと転がり込む。
後には寝息が二人分聞こえるだけとなった。