そんなことはありえない。
確かにそう思っていた。
それなのに、今ではその言葉を肯定してしまう瞬間があることに気付いてしまった。
例えば、蓉司とふたりきりになった時。
例えば、蓉司と抱き合っている時。
互いしかその空間にいないがための錯覚だとわかっているが、哲雄にしてみれば自分自身の大きな変化の表れだとも思える。
他人に関心を示したことがなかった自分が、初めて関心を――執着をした。
どうして相手が蓉司なのか、理由はわからない。ただ一目見て目が離せなくなり、「見付けた」と思った。理由を付けるとするなら、本当にそれだけだ。
だから彼だけは特別である。
気を抜くと蓉司のことばかりを考えている。いなくなると気になる。蓉司に近付く人間を気にする。
こんなことは今までになかった。
付き合った女はそれなりにいるが、彼女たちにすらそんなことを思ったことがない。ただ向こうから寄ってくるから、しつこく言い寄られるのが面倒で付き合っていただけだから、かもしれない。ペースを乱されるのは好きではなかった。
蓉司は――、
体が弱いからというのも勿論あるが、それだけではなく大事にしたいと思う。
できれば他の奴には触らせたくないし、他に気を取られ過ぎないで欲しい。――彼の姉に関しては、たったひとりの肉親だというし仕方ないが、それ以外は別だ。
自分ひとりに限っていうなら、傍にいるのは蓉司だけで良い。蓉司に付き纏う約二名は賑やかで良いと思うが、蓉司に手を出す気があるなら、そこは妨害させてもらう。
自分だけを見て欲しい、なんて、今までの女たちが自分に向けた言葉と同じことを言うつもりはないけれど。蓉司の中で、多くを占めていられたら良い。
「城沼?」
蓉司の怪訝な声に、思考に沈んでいた意識が急浮上した。
「どこか具合でも悪いのか?」
「いや……違う。考え事、してただけだ」
「考え事? 何、考えてたんだ?」
蓉司の眼に、好奇心という名の光が宿る。珍しい表情を見るのは好きだ。
「……おまえのこと、考えてた」
「俺のこと?」
意外そうな表情はどういう理由か。
「いや、だって、城沼でも誰かのこと考えたりするんだな」
「おまえのことくらいだ」
「え?」
「俺が誰かのことを考えるのは、おまえのことくらいだ」
「…………」
蓉司の白い頬にさっと朱が走る。顔を逸らしても、横顔は見えているので頬の赤味までは隠しおおせない。
「なんでこっち見ねぇの」
「別に……」
「何にもないなら、見ろよ、こっち」
「い、嫌だ」
蓉司に頑ななところがあるのは承知している。嫌だという限りには、しばらくこちらを見ることはないだろう。
仕方ない。
息をひとつ吐くと、腕を伸ばして蓉司を抱き込む。抵抗はなかった。
普段は低い蓉司の体温が、今は温かい。
この温もりだけは、ずっと傍にあってほしい。手放したくはない。そんなことを考えながら耳元で名前を囁いた。